3 まったくの別人
腰まである長い髪が、差し出された女の手に覆い被さる。ふわふわと降り積もり指先まで隠れようとした時、スマホを待った手で髪を掻き上げた。ライトの光が揺れる。
「摩唯伽ちゃんなのか」
僕は信じられなかった。差し出された手を取って、僕は立ち上がった。先程の痛みを完全に忘れるくらいの衝撃的な出来事だった。
それはこの東京で出会ったことだけではない。まったくの別人の雰囲気がしたからだ。あの男に対する口調は、僕が知っているまこちゃんとは違っていた。勿論、武鎧となった彼女とも違っている。この摩唯伽ちゃんは、僕が知らない高橋摩唯伽になっていた。
「ロボコン、出るんですよ」
国技館に向けて、摩唯伽ちゃんはスマホのライトを向ける。しかし、離れているので何も照らし出しはしない。
「素晴らしいじゃないか」
「はい、佐藤さんがくれた夢が叶います」
「僕があげたんじゃないよ。摩唯伽ちゃんが掴んだものだよ」
「ほうほうほう」
摩唯伽ちゃんはくすくすと笑い出した。そういう奇妙な擬音を使うところは変わっていない。
「ねぇ、佐藤さん。私、お腹すいた」
あはははと笑って僕の腕に抱き付く。中学生の時とは違う摩唯伽ちゃん。勿論、彼女とも違う摩唯伽ちゃん。
「何かお肉を食べたい気分!」
どの摩唯伽ちゃんも自然のままに溢れている。純真そのもので僕に接してくれる。
「それじゃあ、シャトーブリアンを食べさせてあげよう」
「うふっ、お金持ちですねぇ。素敵なスーツがとても似合っています」
漸く明るい場所に移動して、僕たちは互いを見詰め合った。僕は英国のブランドスーツを着ている。岐阜にいた頃は作業服が普段着だった。それが随分と変わってしまったと我ながら感心する。
しかし、その変貌は摩唯伽ちゃんのほうが顕著だ。暗い場所で出会ったから、僕は摩唯伽ちゃんを認識できていた。声が判断に大いに役立ったのだ。もしも、明るい場所で出会っていたなら、僕は絶対に分からなかった筈だ。たとえ名乗られていても、僕は信用しなかっただろう。
「誰?」
派手で濃い化粧。カールした茶髪。露出度高め服装。
「だから、高橋摩唯伽だって」
まばたきをすると、まつ毛が羽ばたいた。太いアイラインが目を囲んでいる。濃い赤のリップも負けじと印象を誇示した。
「凄い格好だね」
摩唯伽ちゃんは両手を広げて、自分の姿を確認している。
「何処が? 普通じゃん」
「それでロボコンに出る気なのかい」
「ヘルメットにビブスじゃ、これは似合わないよ。ウィッグは基本禁止かな」
悪戯っぽい表情はまさしく摩唯伽ちゃんだ。




