2 青白い放電
「何だ、このオッサンは?」
敵意のある男の声がした。その途端に僕の脈拍が激しくなる。僕は咄嗟に催涙スプレーからスタンガンに持ち替えていた。
「黙りなさい。あんたはもう帰っていいよ。私はこの人に用があるから」
「何だよ。金持ちそうなオッサンを狙うなら、俺に任せろよ」
「はぁ、何言ってんの。私がそんなことする筈ないじゃない」
「佐藤なんて在り来たりな名前を言って、知り合いだと思わせようなんてしても、俺は騙されないぞ」
「馬鹿。この人は本当に佐藤さんなんだって。もういいから、あんたはホテルに帰れ」
二人が険悪な雰囲気になっている。その隙に逃げるしかない。スタンガンを持っていても、それを使うには躊躇がある。強力な武器を使えば相手に怪我をさせてしまう。
僕は踵を返すと、一目散に走った。
「あっ、こら逃げるな」
男が追い掛けて来る。僕は恐怖を感じて、スタンガンを構えた。もしも追いつかれれば、躊躇なく男を撃退する覚悟を決めた。
「待って、佐藤さん。私、摩唯伽です。高橋摩唯伽です」
バチ、バチ、バチッ!
青白い放電が闇の中で走る。僕は男と交錯した瞬間にスタンガンのスイッチを押していた。
「危ないなぁ、オッサン。俺を殺す気かよ」
僕は物の見事に蹴り倒されていた。胸を強かに蹴られたので呼吸が出来ない。地面に這い蹲ったままのた打ち回るしかなかった。
「大丈夫ですか」
摩唯伽と名乗る女が駆け寄って来る。
「あんた、何てことしてくれるのよ。この人は私の大事な人なのよ」
「だって、このオッサンがこんなもんで向かって来るからだ」
「もういい。あんたは帰れ。私の邪魔をするな」
「嫌だ」
「私の言うことが聞けないのか」
バチ、バチ、バチッ!
女が僕からスタンガンを奪って放電させる。言うことを聞かない男を威嚇した。
「分かったよ。でも、明日のロボコンに遅れるなよ」
男がまだ僕を睨んでいるのが分かる。憎悪の視線は見えなくても感じるものだと悟った。
「大丈夫ですか」
女が同じことを訊いてきた。そして、スマホを取り出してライトを点けると、僕の体を照らした。
「怪我はしていないですよね」
蹴られたのと転倒したので体中が痛む。特に胸は肋骨が折れていないかが心配だった。
「血は出ていないようだが」
「それなら安心です。骨折していたら痛くて喋れません」
僕の心配に気付いたのか、女は的確に答えた。その経験があるのかと思う。そうでなければ答えられない言葉だろう。
「立てますか、佐藤さん」
「キミは?」
「あら、さっき自己紹介しましたよね」
女はスマホのライトを自分のほうに向けた。
「高橋摩唯伽ですよ」




