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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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23 卒業式答辞

『私たちの中学校生活という物語の一ページ目が始まったのは、忘れもしないあの爽やかな春の風が漂う入学式の日でした。そして、あれから三年の月日が経ち、私たちはあの時と同じ春の風の漂う中で最後のページを迎えようとしています。これまで綴られてきた日々のページを紐解くと、すべての瞬間がとても鮮やかに彩られて残されています』


 式辞用の巻紙を広げて、まこちゃんが一年毎の思い出を振り返って述べている。一年生の時に感じた先輩たちへの憧れ、二年生となり先輩と呼ばれることへの自覚。そして、三年生では最高学年としての責任感。三年という月日のページの中で自分たちは確実に成長してきた。それを熱心に優しく、そして厳しく指導してくれた先生たち感謝した。


『お父さん、お母さん。たくさんの迷惑を掛けてしまってご免ね。自分ではどうにもならない苛立ちに、そして壊れてしまいそうになった心の痛みに、お二人はいつもそっと手を差し伸べてくれました。そうしてくださったから、私たちは何よりもこの命を授けてくれたことに感謝します。大切に育ててくれてありがとう。心から愛してくれてありがとう。私たちはきっとあなたたちお二人のような親になりたい。そう心の底から思います。だからこれからもずっと見守っていてください。私たちは輝かしい未来を、煌めく未来を歩んで行きます』


 社長夫婦が泣いている。否、保護者全員が泣いている。


『三年間、一緒にいたみんな。いろいろなことがあったね。熱い思いをぶつけ合った教室。土砂降りの中で歩き続けたピクニック。他愛のないこともいっぱいみんなと話したね。喧嘩もいっぱいしたね。でも、みんながいてくれたから、みんなと出会えたから出来たことなんだよ。みんなと出会えて良かった。ありがとう、みんな。忘れないよ。みんなと出会えたことは絶対に忘れないよ。ありがとう、みんな』


 生徒たち皆がすすり泣く。


『私たちはまだ見ぬ世界に出て行きます。それは素晴らしい未来だと信じています。更なる成長をする未来に、私たちは歩き出します』


 輝かしい未来を見詰めて、まこちゃんはそっと視線を上げて締め括った。


『平成二十四年三月八日。卒業生代表、高橋摩唯伽』


 もう会えないと諦めていた彼女がそこにいた。

 武鎧摩唯伽は、高橋摩唯伽としてそこにいる。


 僕が彼女の未来を変えてしまっていた。宝くじで工場を破産から救わなければ、たぶん彼女は武鎧の姓になっていた筈だ。その際に何が起こるのかを想像すると、余りに悲惨でしかない。


 彼女は言っていたんだ、生魚の食中毒で両親は死んだと。冗談だと言っていたが、あれは本当の話だったんだ。そして、彼女は味噌カツを食べなかった。店のお勧めだと言っても食べなかった。いや、食べられなくなったんだ。


 生魚と味噌カツ。その二つが揃っている日があった。夏祭りのあの日、社長夫婦は亡くなったのかもしれない。そう考えれば、すべての辻褄が合う。武鎧家が高橋化学工業を奪った後、両親を亡くした彼女は武鎧家の養女になった。それは実の娘を亡くした武鎧家には願ってもない存在になったのかもしれない。同い年の彼女を生き返った娘として育てるのだろう。


「ただいま、おじさん」


 卒業式から帰って来たまこちゃんは卒業証書を見せてくれた。


「高橋摩唯伽」

「はい」


 元気良く返事をしてくれた。制服姿を見れるのも今日で最後になる。高専は私服なのでなんだか寂しい気がした。


「まこちゃんの筈だよね」

「まこは愛称ですよ。おじさんがきららちゃんって呼んでくれているのと同じだよ」

「僕は、高橋まこだと思っていた」

「あら、私の名前を知らなかったんですか。そういえば、お父さんもお母さんもまこって呼ぶしね」


 まこちゃんは頬を赤く染めて笑っている。頬肉がぷっくりと膨れる表情を作った。そんな無垢な女の子を以前に見た記憶がある。間違いなく彼女だ。


「これからは、摩唯伽って呼んでよ」


 上目遣いに僕を見る摩唯伽ちゃん。「ふんふんふん」と、変な節回しの鼻歌を口ずさむ。そうだ。僕は彼女がどんな心境の時にそうするのかをまだ知らない。彼女のことを全然知らないままだった。


 兎に角、摩唯伽ちゃんの運命は好転した。違う人生を歩んで行って、就職してももう僕とは出会わないだろう。だが、それで良い。何よりも摩唯伽ちゃんは照手神社で死ななくて済むのだから。


 だから僕はもう関わらないでおこう。摩唯伽ちゃんの人生なのだ。これからは自分らしく生きて行って欲しい。そして、摩唯伽ちゃんの幸せだけを願うと誓う。


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