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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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22 卒業生代表

 中学校の体育館は人で溢れ返っていた。卒業生の保護者で用意されている座席は殆ど埋まっていた。吹奏楽部の音合わせの演奏が断続的に流れる中で、僕は迷いながらも社長の呼ぶ声を聞き取った。


「佐藤君、こっちだ」


 席を確保してくれているので助かった。社長夫婦の横で、僕はちんまりと座る。中央の花道側で、しかも保護者席の最前列。まるで保護者の代表席にいるようで、僕は非常に居心地が悪かった。


 いよいよ来賓が登場して式が始まったようだ。僕は両膝の間に立てた三脚のビデオを後ろに向けて、録画のスイッチを入れる。卒業生たちが入場してくるその一人ひとりの表情を的確に捉えた。


 まこちゃんは二組で中央くらいに並んでいる筈だ。僕は背後を気にしながら三脚のハンドルを握り締めていた。たった一度きりの撮影チャンスなのだ。絶対に逃すことなんて出来ない。


 来た!


 まこちゃんが花道をやって来る。緊張しながらも真っ直ぐに前を向いて堂々としている。僕はまこちゃんの歩行に合わせてカメラをパンした。


 よし、うまく撮れた筈だ。手に汗を握りながら、ほっと一息を吐いた。そして、次は開式の言葉があり、校歌が斉唱される。僕はビデオを前に向けたまま全体像を映しておくことにした。


 さて、次が肝心の卒業証書授与だ。今度もまこちゃんをうまく撮らなければならない。僕はカメラマンとしての使命を全うすべく気合を込めた。一組の生徒たちがそれぞれに個々の名前を読み上げられて、壇上の上り卒業証書を受け取る。その行動を観測して確実に撮影できるようにシミュレーションした。


 次は二組の番だ。まこちゃんの出席番号は二二番。僕はドキドキしながら、その時を待った。


「二二番。高橋―――」


 よし!

 花道の中央から壇上に向かうまこちゃんを狙う。僕がこんな行動をすれば、後ろにいる保護者たちの顰蹙を買うだろう。しかし、そんなことに構ってはいられなかった。それがこの席に与えられた特権なのだ。


 良い映像が撮れた。僕は最高に満足している。証書を受け取り、振り返ったまこちゃんの表情を拡大して捉えられたからだった。思わずガッツポーズをしたくなる気を抑えるのに一苦労した。


 式の残りは校長や来賓の話があったりするだけだ。これで僕の役目は果たせたので緊張の糸が切れた。カメラを広角にしたままで、やっとこの卒業式を楽しむことにした。


 僕が中学校を卒業したのは何年前になるのだろうか。十二年前の二〇〇八年にタイムスリップしてから僕の時間が分からなくなった。年齢を数えられない。否、数えたくなかったのだ。


 この世界にも、この時代を生きている僕がいる。大学生になっている筈だ。歴史が変わっていなければ京都大学に通っている。その僕は今、何をしているのだろうか。


 在校生代表の送辞が終わった。次は、卒業生代表の答辞になっている。これには成績最優秀の生徒が選ばれているらしい。


『卒業生答辞』


 司会者のアナウンスが僕の耳に届く。


『卒業生代表、三年二組高橋まいか』


 !


 僕の全身に鳥肌が立った。


 まこちゃんが壇上の校長の前に進み出ている。間違いなくまこちゃんが卒業生代表として答辞を読み上げようとしているのだ。それにしても成績最優秀者だったとは見上げたものだ。少しも鼻にかけないことに感服した。


 しかし、僕が真に驚愕しているのはそんなことではない。


「まいか?」


 アナウンスされた名前は確かにそう聞こえた。

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