21 工場みたいに
三月を一週間も過ぎると、中学校の卒業式の日になった。平日のこの日、高橋化学工業は臨時の休日だった。しかし、社員一同が会社に集っている。祝いの紅白饅頭と寸志が渡されるからだ。
「おはよう」
制服姿のまこちゃんが工場の周りで物憂げに歩いていた。
「どうかしたのかい?」
青いガルバリウム鋼板の外壁を指先で突いている。宝くじの賞金で危機を脱した高橋化学工業は工場を改装していた。外壁と屋根を美しい青の工場に印象を変えた。
「赤いトタンの工場が大好きだったの」
水彩画が好きなまこちゃんは数え切れないくらい錆びたトタンの工場を描いている。多彩な赤の色を上手に出していた。
「古いものは無くなる運命なのは理解しているつもり。それが新しいものに生まれ変わって、日に日に古くなっていく。繰り返されていくものなんだって、きちんと知っている。でも、それでも、私は古いものを大切にしたいの」
「卒業するのは寂しいけれど、きららちゃんには高専の入学が待っているよ」
「私もこの工場みたいに愛されているのかな」
「自信がないと思っている?」
「そういうんじゃないけど、生まれ変わるっていうか、別なものになってしまうっていうか」
「それが元服だね。もう大人にならなければいけないんだ」
まこちゃんは少し目を閉じた。噛み締めるように考えた末に目を開けた時、これまでとは違う表情になっている。
「そっか、そっか。まこは大人なんだ」
はっと何かに気付いたのか、急に口元に掌をやった。
「そうでした。私は大人なのです」
同じ意味の言葉を言い換えている。子供っぽい表現は大人の女性には似合わない。
「では、おじさん。私は卒業式に行って参ります」
「うん、僕も社長と伺うよ。またカメラマンなんだ」
「私の為にいつもすみません。父には無理な要求をしないように申し伝えます」
ぺこりと頭を下げると、学校へと向かって行った。朝日が眩しい。まこちゃんにぴったりな程、青空が広がっていた。
「うん、僕はまこちゃんを大切に思っているよ」
朝日に向けて、僕はそう呟いた。帰ってきたら、僕はまこちゃんと呼んであげよう。いつまでもきららちゃんとは呼べない。それは僕が心のどこかで、彼女を、即ち武鎧摩唯伽の身代わりにしているからだ。僕がけじめを付けるべきなのだ。




