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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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20 入学試験

 もうすぐ入試なのだろうと僕が心配しているのに、まこちゃんは相変わらず毎日のように工場に来ては機械を弄っている。このところワイヤーカット放電加工機でステンレスブロックにイニシャルの文字を切り抜くのに夢中だった。水中で髪の毛ほどの太さのワイヤーを張り、そこに電流を流して金属を切るのだ。上手く作れば切り目の見えない加工ができる。まこちゃんはそういうものを作るのを楽しんでいた。


「おじさん、見て!」


 僕の目の前にMの文字が抜けたブロックを置いた。鏡面仕上げがされたステンレスの表面が輝いている。まこちゃんはにこにこしながら、抜き取ったMを指に摘まんで見せ付けていた。


「上手く出来たのかい」

「うん!」


 慎重にブロックのMの穴に、持っているMを差し込む。


「いくよ」


 まこちゃんが指を放すと、Mがゆっくりと吸い込まれるように沈んで行く。


「いいねぇ。上出来だよ」


 満足気にまこちゃんは頬を赤らめる。この落ち着いた様子と慎重さで、是非とも試験に臨んで欲しい。


「さてと、今日はお風呂に入ったら、もう寝ます。明日への良いお守りが出来ました」


 まこちゃんはブロックを持ち上げると、掌の上に置いた。試験場に持参するつもりなのだろう。落ち着いている精神状態は、この期に及んでじたばたと焦るよりも良いに決まっている。僕よりもまこちゃんのほうが度胸が据わっている気がした。


 そして、試験当日は僕が落ち着かない時を過ごして終わった。毎日来ていたまこちゃんが顔を見せないままだったからだ。手応えがどうだったのか聞きたかったが、僕などがわざわざ自宅に押し掛ける訳にもいかない。社長でさえもヤキモキしているから、僕は大人しくしていることにした。


 結局、合格発表日だと言うのに、まこちゃんはまだ工場には現れなかった。どうなったのだろうか。合格しているのだろうか。


 三時の休憩時間に事務所に行くと、事務員の女性が僕に向けて親指を立ててきた。


 グッド?


 何がなのだろうか。僕は訳が分からずに、取り敢えずここに来た目的のお茶を飲もうと冷蔵庫を開けた。コップは冷蔵の上にある。適当に取ってお茶をお茶を注いだ。


「頂戴」


 背後から差し出す手がある。タイミングよく出されたので、僕は何気なくお茶を入れたコップを渡していた。


「ありがとう、おじさん」

 えっ?

「まこちゃん!」


 驚きながら僕はどうしてと思った。合格発表の結果を、僕の所に真っ先に伝えに来てくれると思っていたからだ。しかし、それは僕の思い上がりだった。ここで働いている年数は一番短い。まこちゃんにとっての優先順位はこちらだったのだ。


 そうか。先程のグッドの意味が分かった。


「合格したのかい、きららちゃん?」

「あれ?」


 まこちゃんは意味不明そうな表情をした。しかめっ面で気分が戸惑っている。


「そんなの当然だと思ってくれていたじゃないですか。だからおじさんには報告に行きませんでした」


 じろりと僕の瞳の奥を覗き込み、まこちゃんは笑った。


「冗談ですよ。一番に行こうと思っていたんです。でも、おばさんに掴まっちゃって」


 何てことだ。僕は中学生の女の子の手の上で弄ばれている。


「ありがとうございます。これからも機械のことを教えてくださいね」


 小首を傾げる仕草を見せる。僕が教えないとでも思ったのだろうか。しかし、これもまこちゃんの術中にはまっただけのことである。僕は弄ばれている。


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