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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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18 大人になった証

 今年の成人の日は一月十日になっている。祝日法が改正されて、二〇〇〇年から第二月曜日に変わった。この日は二十歳になった青年を祝うのであるが、この町の照手神社では伝統行事として元服式が執り行われる。中学三年生の男女を大人として自覚させるのである。土地の鎮守の神である産土神に元服の心構えを請願して、子供たちは大人になる。室町時代から受け継がれてきた土地のしきたりだった。


 夜明けと同時に禊ぎをしたまこちゃんは静かに時を待っている。赤飯と甘酒で家族でお祝いをしてもらう。その姿を僕はビデオに録画していた。勿論そんなことを勝手に出来る筈がない。いつもの如く社長命令である。娘のことなのだから自分で撮れば良いのだが、それでは自分が映らなくなるからと我儘な理由だった。


「緊張している?」


 珍しいことだと思う。まこちゃんが緊張するなんて、僕は見たことがない。いつでも先陣を切って物事を行うので勇気ある女の子だと感心していたのだ。それなのに、この時ばかりは違っていた。


「あぁ、これからは子供のままでいられないかと思うと、何となく怖くなってきちゃった」


 それは彼女も同じことを言っていた。古式ゆかしい伝統を継承する重責が肩に伸し掛かっているのだろう。まこちゃんはそれをしっかりと受け止めていた。


 照手神社へ出掛ける途中もビデオを撮り続けている。それはまこちゃんの依頼だった。最高の青空の晴れの日を記念に残しておきたいのは当然だろう。


 朱色の鳥居を潜る。ここは僕にとって最悪の場所だ。彼女を喪った場所だった。


「おじさん、先ずはお参りをするね」


 手水舎をとって拝殿の前に向かいながら、まこちゃんが言った。そこに色とりどりのゼリービーンズが散らばっていた記憶が蘇る。そして、その裏側で彼女は―――


 硬貨を賽銭箱に入れて、二礼二拍手一礼を皆で揃って行う。気持ちを引き締めて、まこちゃんの将来を祈った。無神論者ではあっても、僕はこうして参拝をしている。これは如何にも日本人らしいと考えるところだ。神仏を信じているようで信じていない。そして、信じていないようで信じている。それが僕だった。


「おじさんは何をお願いしたの?」


 まこちゃんが屈託のない質問をする。僕は何かの窮地に陥った時、自然と祈り捧げているのは間違いない。それは神を信じていないとしている僕にとって矛盾すべきところだ。だが仕方がない。日本人の日本人らしい都合の良い所で神を信じる美徳だった。


「世界平和」


 ぽかんとする表情が可愛い。しかし、すぐに胡散臭そうに僕を見た。


「どうしてここで世界平和なの?」

「大人として当然の心得さ」

「まこのまだ中学生だから、そんな心得はないです」


 口を尖らせて拗ねるまこちゃん。


「元服は心が大人になった証だ。体は子供でも、今日からはそれを自覚するのが大切だね」


 尖らせていた口を真一文字に結んで、素直に僕の言葉を受け入れたようだ。威張って言うほど優れた人格の僕ではない。しかし、まこちゃんにはそうであって欲しかった。


「おじさん。おじさんはお父さんよりもいいことを言うね」

「そんなことはないよ。社長はきららちゃんをこんなにも素敵な女の子に育ててくれたんだから、感謝しなくちゃいけないよ」

「そっか、そっか。おじさんはまこを素敵な女の子だと思ってくれているんだね」

「そうだね。もう少し奥ゆかしさがあるといいね」

「でも、おじさんはお転婆な子も好きでしょ」

「ガサツなのは嫌いだね」

「清楚なのがいいの。それはまこには似合わないね」


 いったいどういう姿を想像しているのだろうか。深窓の御令嬢を思い描いているのなら、それは度が過ぎている。


「今のままがいいよ。自然体であるのが一番だ」


 それは何よりも難しいものだ。自分の芯をしっかり持っていて、相手の上辺に惑わされない信念がなければならない。まこちゃんは首を傾げて考えている。僕の言ったことを熟慮しているのだろう。


「それって難しいね」


 それでもやって欲しい。僕はまこちゃんに期待している。並の中学生ではない。そんな気がしていたからだった。

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