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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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12 花柄の浴衣

 工場の中で絵を描き出したまこちゃんは、少し気が乗らずにぼんやりとしている時間が多い。それは宝くじの当選番号の発表日が近付くにつれて酷くなった。口では気にしていないと強がりなことを言っているが、期待している大きさは計り知れない。誕生日以来、毎朝神社へお参りに行っていることを僕は知っている。


 一等当選は確定している。そう教えてあげられれば、僕はどんなに楽になれるかと思う。しかし、それが出来ないから、まこちゃんと一緒に心配してあげなければならない。もし外れていたらどうしようかと悩んであげなければならない。


 嘘を重ねて、僕はその日を待った。

 当選したお祝いだから―――


「きららちゃん、夕食は僕と味噌カツを食べに行こうか」

「えっ、連れて行ってくれるの。でも、折角スーパーでお刺身を買って来たんだけどなぁ」


 僕がまこちゃんを誘うと、特価品のパックを買い物袋から出して、悩むように人差し指を顎に当てた。


「でも、私の分もお父さんとお母さんに食べてもらえばいいか」

「決まりだね。じゃあ、夕方にね」


 社長夫婦は一等当選の宝くじをまこちゃんからプレゼントされて銀行に行っている。この親孝行な娘は、今夜からは豪華な夕食を食べられるのに質素にしようとしていた。


 倒産を回避したが、それは一時的であることを分かっている。まこちゃんは賢い中学生だ。仕事が無ければ水泡に帰すると承知していた。


 しかし、リーマンショックの景気はもうすぐ回復する。まこちゃんの心配事は起こらないのだ。


 退勤時刻となり工場の裏に回って、鉄製の外階段を上っていく。塗装が剥がれて錆びた階段は長い間補修されていない。夏には強い日差しで焼けた鉄の階段は、一段上がるごとに靴の裏が熔けている感覚を得る。そういうものの先に僕の住居があった。工場の二階の一角。独身者の工員と二人で暮らしていた。


「おじさん。待ち切れないので来ちゃった」


 大きな花柄の浴衣を着て、僕の部屋に現れたまこちゃんは普段とはがらりと違った雰囲気で、おじさんと呼ばれている年齢の僕が見惚れてしまった。


「あれ、どうしたんだいそんな恰好をして」

「えーっ、今日は夏祭りですよ」

「えっ」

「駄目ですよ、おじさん。そんなのだから彼女ができないんです」


 僕に指を差して指摘する仕草をした。


「きららちゃんはどうなのさ。ボーイフレンドはいないのかい」

「私はクラスの男の子みんなと仲がいいよ」


 それは成程と納得できる。僕からすれば子供なのだが、まこちゃんは十三歳にしては大人っぽい。中学一年生の男子に魅力的に見えないわけがない。


「いいのかい。こんな日にこんなおじさんと一緒に過ごしても楽しくないだろう」

「いいの。クラスの女子といると疲れるから」

「んっ、それって」

「あぁ、苛められているとかじゃないよ。そんなことをする女子がいたけど、経験しているから対処の方法は―――」


 あっと驚いた表情をしてまこちゃんは口を閉ざした。


「男の子を味方にしているのかい」


 僕の言うことにまこちゃんは渋い顔をした。余計なことを言ったのだろう。


 まこーっと外から可愛い声が聞こえた。まこちゃんのクラスの女子たちが迎えに来たようだ。皆が浴衣を着ていた。


「おーっ、ここにいるってよく分かったねー」

「家が閉まっていたから、ここかなーって。さっき事務所の人に聞いた」

「みんなで行くの?」

「うん、これから米田のトコに集合する」

「へー、トモミの彼氏の家に行くのかぁ」

「まこも行こうよ」

「あー、ごめん。私も彼氏に誘われているから」


 二階の窓からまこちゃんが下にいる四人の女の子たちと大声で会話している。それを楽しく聞いていたが、僕はまこちゃんが彼氏に誘われたと言ったことに慌てた。三十歳過ぎのオヤジが女子中学生の彼氏である訳がない。むしろ保護者だろう。

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