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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第二章 高橋 まこちゃん
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10 守るべきもの

 薄汚れた工場の中で年季の入った汎用旋盤を操作している。チャックに炭素鋼鋼材の素材を掴ませる。毎分八百回転にギアを合わせて起動ボタンを押すと、小気味良い唸りをあげて主軸が回転する。横送り台のハンドルを回して刃物台に取り付けたバイトの刃先を慎重に素材に当てると、そこからの切込み量を調節して自動送りを掛けた。細かくカールした切粉が削り出され、素材は次第に製品の形状を成していく。そして、μの精度で仕上げられて漸く完成する。


「きららちゃんは本当に機械が好きなんだね」


 僕は出来上がった製品をチャックから外して光に翳した。面粗度も悪くない。これで化学薬品のフィルターは目詰まりを起こさないだろう。


「私はモノが作り出されていくのが好き。只の鉄の塊がいろいろな部品になって一つの機械になっていくのが好き。それに、それを作る人が手を油だらけにして一生懸命なのが一番好き」


 まこちゃんはスケッチブックから目を逸らし、絵筆を握り締めながら言った。嬉しそうに瞳を輝かせて笑うと、中学生らしく邪心のない純粋さがあった。


「それじゃあ、きららちゃんは将来この工場を継ぐのかい」

「うーん、分かんない。お父さんは嬉しくないみたい」


 家業を継ぐのは嬉しい筈だが、今の高橋化学工業では借金を相続させてしまう。社長は娘を守りたいのだろう。


 今年になって何度目かの給料のカットがあった。遂に手取り額が三割程度になって、いよいよ会社の経営の行き詰まりを感じた。賞与はずっと貰っていないので、社員全員がこのまま解雇されると路頭に迷う心配をしていた。


 武鎧家。


 唐突に社長の口からこの家との関わりを聞かされた時、僕は体が震えるのを抑えられなかった。今年になってから遠い親戚同士の婚姻で姻族となったらしい。そこがこの経営危機の工場を法人化する計画を打ち出したのだった。


 武鎧は彼女の実家だ。この世界ではこれから彼女が現れるのだろうか。そうなれば何とも皮肉なことになってしまう。僕はまこちゃんを守りたいのだ。しかし、彼女の家に反抗も出来ない。


「お父さんもお母さんもすごく疲れていて、倒れてしまわないかと心配なの」


 両親が計画に反対しているとまこちゃんは言った。祖父母が作った工場をまこちゃんとて他人に取られたくはない。その為に必死になっている両親を見てきている。たかが中学生だからと何も感じていない筈がなかった。


「でも、高橋化学工業を武鎧化学工業にしたくないの」


 それが守るべきものだ。経営者の娘として、まこちゃんは十分に心得ていた。


「お父さんはもう駄目だと言っている。諦めるしかないと言っている。でも、出来ることは全部したのかと悩んでいる。私はお父さんがとんでもないことをするんじゃないかと心配で怖いの」


 それは考えられる話だ。経営者が行き詰って自殺するのは珍しいことではない。むしろ保険金受領目的とするならば、今の社長は必ず選択肢としている筈だ。


「大丈夫だよ。そんなことがないように僕から社長には話をしておく。きららちゃんは普段通りにしていればいい」


 安心をさせる為に言ったが、そんなに簡単なことではない。早急に手を打たなければならなくなった。しかし、週が変わってから社長の様子が穏やかになった。僕が進言したからではない。当然まこちゃんもそうだった。僕のお陰だと感謝していたのだからだ。


 社長は腹を決めたのか。だから気を急かすのを止めた。そして、近いうちに何かが起きる。それはここで関わっている全員の人生が変わる瞬間になる筈だ。


「きららちゃんは、明後日の日曜日が誕生日だよね」

「うん、十三歳になるの」

「もう立派な大人だね」

「でも、元服式をしてもらえるのは中学三年生だよ」


 田舎の伝統的な儀式の中でまこちゃんは育ってきている。この町の人々は地域文化を大切にして当たり前のように子供たちに伝承していた。


「いや、大人だよ。だから誕生日の朝は夜明け前に水浴びをして、体を清めて神社にお参りするんだ」

「体を清めてお参り?」

「そう、僕の住んでいたところではそうしていた。そして、神様にお願い事をするんだよ」


 嘘だった。僕はそんなに神様を信じていない。今の季節では朝から水浴びをしても苦にはならないし、そうすることで信憑性も増した。

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