8 麗香ちゃん
「何故」
何故まこちゃんが泣く必要がある。見ず知らずの女の子が亡くなっただけでも悲しくなったのか。
「駄目だ。一人では行かせられない」
保護責任がある。僕は社長の娘を預かっているのだ。
「まこちゃん!」
僕は慌ててまこちゃんの腕を掴んだ。しかし、まこちゃんは涙を見られないように顔を背けている。
「これで三度目よ」
「えっ?」
「私をきららちゃんって呼んでよ」
何を言っているのかと思ったが、僕は意識してまこちゃんと呼んでいた。しかし、そんなことで泣くものだろうか。何か違う理由があるような気がした。
「どうかしましたか」
門前で騒いでいる僕たちを不審に思ったのだろう、葬儀の受付の親族らしき人が現れた。厄介なことになったと僕の焦りが更に緊張の雰囲気を深めてしまう。
「お友達なの」
まこちゃんがぽつりと呟く。
僕は何を言い出すのかと思ったし、現に受付の人は驚いた表情をしている。
「あぁ、そうなのですか。是非ともお線香をあげてやってください」
あれ、どうなった。僕の思考が間に合わない。だが、ここはうまく切り抜けなければならない。それだけが僕の脳裏によぎった。
「実は以前この辺りに住んでいたのですが、久し振りに来てみると、このようなことでお悔やみを申し上げます。しかし、何せ突然のことでしたので、このように出で立ちでは御遠慮しなければと申しておりましたのでお騒がせしてしまいました」
口から出任せを言った。まこちゃんもまこちゃんだが、僕も僕だ。二人ともこんな才能があったなんて驚きだった。
「構いませんよ。いいえ、お願いします。姪も喜ぶでしょう」
嘘をついて仏前に行っても良いのか。仏罰が下る。僕は気が咎めてならなかった。それなのにまこちゃんは神妙な表情をしたままでいる。どういうつもりであんなことを言ったのだろうか。
祭壇の遺影はまさしく僕が彼女だと信じていた女の子だった。二人で並んで焼香をしていると、まこちゃんは号泣している。どうしてそんなにも悲しいのだろうかと戸惑ってしまう。まこちゃんの見ず知らずの女の子ではないか。
「麗香ちゃん」
手を合わせているまこちゃんが遺影に声を掛けている。本気が悲しんでいるのだ。僕は演技なのかと疑っていたことが恥ずかしくなった。
「きららちゃん」
帰りの電車の中で、僕はやっとまこちゃんに声を掛けることが出来た。落ち着きを取り戻してきたのは二人共なのであるが、年上の僕がしっかりしなくてはならない。
「知っている子だったのかい」
僕の問い掛けにまこちゃんはじっと考え込んでいる。時折電車の振動で首を振ったようにしているが、それは答えではないようだ。
「そっか。おじさんがきららちゃんと呼んでいるのは、本当は私じゃないんだ」
「えっ」
「ごめんなさい。私が無理にきららちゃんと呼んで欲しいとお願いしたから」
「・・・」
「まこって呼んでいいから、もうきららちゃんって呼ばなくていいから、私を嫌いにならないで」
他に乗客のいない電車の中で、僕はまこちゃんの頭を撫でた。小さくて可愛い頭の形。
「君はきららちゃんだよ」
それで良いと思う。何故なら彼女は存在しない。彼女の代わりではなく、まこちゃんを敬愛してきららちゃんと呼ばなければならない。
「嬉しい」
まこちゃんは泣いていた。




