4 厄介な場所
「佐藤、居るのか!」
突然、僕を呼ぶ声がした。園田課長が焦っている様子に聞こえた。
「はいっ」
大きな工作機械の裏側にいるので、僕と彼女は隠れているように人目には付かない場所にいた。別に後ろめたいことをしていたのではないが、新入社員の女性と二人きりだったのが気に掛かる。
「すぐに実験センターに行ってくれ。レーザー加工機が停まった」
「えっ」
僕の気掛かりなんて吹っ飛んでしまった。二年前まで僕が使っていたレーザー加工機が不具合を起こしたらしい。この工場から移設されて、今は岐阜試験センターにある。レーザーを照射して金属積層造形する機械で、メンテナンスをするにはメーカーもしくは僕の腕前が必要だった。
「緊急事態だから、武鎧さんも連れて行け。宜しく頼む」
「はぁ?」
園田課長が彼女を見ている。この命令は冗談事ではない。新入社員では役に立たないではないか。はっきり言えば、足手纏いだ。
「井出さんと行くほうが宜しいのでは」
保全部の井出さんは僕の師匠みたいな人だ。メンテナンスのノウハウを教わった。
「残念だが保全部も今は手一杯でな。だから、武鎧さんと行けと言っている」
「でも、実験センターですよ」
「うまく教育してやってくれ」
何を勝手なことを言ってやがる。しかし、その一言を僕は飲み込んだ。サラリーマンの辛さを知っている。組織の一員として上司には逆らえない。
横にいる彼女はどう思っているのだろうか。僕は彼女の顔を盗み見たが、他人事のように平然としている。自分の身に何が起きようとしているのか分かっていないのだろう。そうでなければ、僕には理解できない。
「課長の命令ならば、了解しました。―――行こう」
彼女を連れて、さっさと園田課長の元から離れたい。そうでなければ僕は人格が変わってしまうかもしれないと感じたからだった。
最悪だ。もうすぐ昼になる時刻なのに余裕がなくなった。状況次第では泊りになるかもしれない。否、彼女を連れて行くとなると、きっとそうなる。
「きららちゃん、すぐに出張の準備をしに帰ろう。泊りになるかもしれないから、取り敢えず着替えを三日分用意してね」
一泊で完了すれば良いが、もしもということもある。所在は隣県の岐阜だが、これから行く実験センターはとても厄介な場所だ。
彼女を社用車で女子寮に降ろすと、僕も社員寮に向かう。女子寮と違って少し離れているのは差別されているのだろう。徒歩では二十分も掛かる。それだけの距離で僻地化するのは、広大な名古屋空港周辺の地域性だから仕方ない。防犯上の考慮で女性たちは会社に近くにいるのだ。
三十分ほどで支度をして女子寮に迎えに戻ると、案の定彼女はまだ玄関には出て来ていない。この時点でちょうど正午になった。
更に三十分が経った。女の子は準備に時間が掛かるのだろうが、そんなに遅いのか。僕は焦りを感じた。五年目の僕に比べて、初めての出張で慣れないから仕方がない。僕は心を広く持とうと目を閉じた。腕時計を気にしてばかりでは、大きな器の人間にはなれないと自分に言い聞かせた。
「きららちゃん。もう一時になったけれど用意は出来たかな?」
あまりの遅さに僕は彼女に電話をした。