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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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36 第二日曜日

 バレンタインデーまでの一週間は、あっという間に過ぎ去った。思い返してみると、僕はずっと彼女のことを考えていた気がする。否、気がするのではなく、確実に考えていた。彼女が話してくれたいろいろな言葉。そして、いろいろな表情。いろいろな思い。いろいろなすべてなものを。


 僕は駐車場へと向かった。昨日ピカピカに磨き上げた車のボディーが、陽光に眩しく輝いている。雲一つない青空が祝福してくれているように思えた。


 約束の時間に女子寮に向かった。彼女は時間に厳格なので、正確な時刻に玄関に出て来てくれるだろう。僕もそれを見越して迎えに行った。


 十一時一分前。僕は女子寮の建物の前に車を止めた。玄関前で待つのは憚られる。彼女もそう思ってくれるだろう。


 約束の時間になった。僕の心臓は早鐘を打つ。彼女がどんな表情で出て来てくれるのかと期待をした。そして、僕はどんな顔をして迎えれば良いのだろうと詰まらないことを考えてしまった。


 十一時丁度、彼女が玄関に現れた。少し唇が尖っているのは照れているからなのだと僕は思った。車に近寄ると戸惑いの仕草をしている。助手席か後部座席かを迷っているようだ。


「きららちゃん、こっち」


 窓を開けて声を掛けてあげると、彼女は納得したように前のドアを開けた。


「お邪魔します」


 白のカシミヤセーターに淡い緑のロングスカートの姿が僕の目には新鮮だった。それに普段とは違って大人びた印象が彼女にはあった。チークや口紅が子供っぽさを変身させていた。


「何処か行きたいところってある?」


 僕は取り敢えずという程度に尋ねた。もし何処でも良いというのなら、僕に任せてくれても構わない。


「岐阜に行きたい」

「きららちゃんの故郷だね」

「毎年二月の第二日曜日に、神社で人形浄瑠璃をしているんですよ。興味ありませんか?」

「人形浄瑠璃って、文楽のことかなぁ。それなら中学生の時の教育課程で、一度だけ大阪の劇場に見に行ったよ」

「えぇーっ、たった一度だけですかぁ。私なんて、物心がつく前から毎年なのに」

「それは素晴らしい。日本の伝統芸能に触れているから、きららちゃんは奥ゆかしいんだね」

「うわっ、そんなに褒めてもらっても何も出ませんよ」


 車を発進させて、まず北に向かう。道程は実験センターに行くのとほぼ変わらない。自動車道を下りて、根尾川を東に越えた。その辺りで正午を過ぎたので、食事と休憩を取ることにする。


「この近くに美味しいカフェがあるよね」

「あら、御存知なんですか」


 当然だ。僕は彼女の地元のことは調査済みだった。特にコーヒー関連には抜かりがない。


「お料理も美味しいですけど、コーヒーが絶品なんです。カップもお客さん一人ひとりに合うものをマスターが選んでくれるんで、それも楽しいんですよぉ」


 店への道順は彼女に案内してくれた。僕が頼むまでもなく進路を指示した。そして、到着すると駐車場はほぼ埋まっている。店内は時間的に混んでいるのだが、ゆったりとしていて喧騒としていない。落ち着いた雰囲気があるのは客の年齢層が高いせいなのだろうか。


「チキンサンドと選べるパスタのセットにはコーヒーとデザートも付いててお勧めです」

「あのー、お店の方ですか」

「嫌だ。そんな筈ないじゃないですか」


 いつもより高らかに笑う彼女は、本当に楽しそうな表情をしている。どうして違うのだろう。地元だからか。故郷の空気が彼女を本来の彼女らしくさせているのだろうと思った。


 お勧めのメニューがくると、彼女は大きな口を開けて美味しそうに頬張った。これも彼女らしくあるが、微妙な違和感がある。何処がと問われても答えられない。彼女はわははっと豪快に笑うこともあるし、大好きな鶏の唐揚げを大きな口で食べることもある。しかし、それでも何かが僕の心に引っ掛かっていたのだった。


「中に花柄があります」


 コーヒーを半分ほど飲んだ時、彼女が呟いた。


「見てください、佐藤さん」


 そう言って、白いカップの内側を僕のほうに向けた。ピンクの花から舞い落ちた花弁が、飲んだコーヒーの水面に浮かんでいる。そして、飲み進めるほどに花弁の数は増していった。


 嬉しそうにそれを見詰める彼女は、僕のカップも見詰めている。しかし、僕のカップはゴツゴツしていて、まるで地中から発掘された土器のようだった。だから当然、花柄なんてものがある訳がない。それどころか何の模様もなかった。


「そっか、佐藤さんらしい!」


 何がとは訊かなかった。彼女が言わんとしていることなんて分かり切っている。可愛い女の子には花柄を、武骨な男には土器を。それがお似合いなのだろう。


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