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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
34/95

34 美味しい日本酒

「開発部では何をしているの?」


 もう話を元に戻すつもりはない。僕は彼女の目を見詰めた。


「まだひと月しかたっていないんですよ。まだまだ見習いです」

「でも、仕事は楽しいでしょう」

「はい、知らないことを知るのって楽しいです」

「そう、それでいい。何でも知って自分のものにすれば、もっと楽しくなるよ」

「佐藤さんにしっかり仕込まれていますから大丈夫です。あの半年間は私の宝物です」


 彼女は目を細めて、グラスを傾けた。大好きな唐揚げを頬張って嬉しそうにする。


「ありがとう。そう言ってもらえれば、僕は本望だよ」

「あら嫌だ、それだけで終わらないでくださいよ」


 里芋サラダを一口食べると、それが気に入ったのか彼女は一気に平らげてしまった。そして、グラスの酒を飲み干してご満悦になった。


「次は何を飲む、きららちゃん」


 酒瓶のラベルを覗き込む彼女は、まだまだ飲むつもりでいる。顔の既に紅潮していて、酔いは回っている筈である。それでも東北の日本酒を選んで指を差す。


「バイオジェット燃料を家庭のごみから作ってるんです。ごみですよ、ごみ」


 仕事の話を突然しだした彼女は、人差し指を突き出して振り回している。酔っているから笑い上戸になっている。その口調から察するに自慢話をするつもりなのかもしれない。合成する原料の化学式を矢継ぎ早に言うと、化合方法を教えてくれる。酔っ払いでも、さすがは化学屋だ。僕には彼女が言うことを少しも理解できなかった。


「ねぇ、佐藤さん。ずっと私を見てくれていますよね」


 突如として話題が変わる。僕はどぎまぎとした。


「私、気付いていたんですよ。松本さんといるときも見ていてくれました」

「いや、別に深い意味があったわけじゃ」

「ないんですか? でも、私は嬉しかったですよ」


 彼女は静かに頷いて、サバの味噌煮の骨を取って身をほぐす。食べ易い大きさにすると、箸で摘まんで口に運んだ。それを暫く咀嚼すると、二杯目の酒で流し込んだ。


「ふうーっ」


 淀みのない仕草に彼女の緊張感がないことが分かる。むしろ僕のほうが緊張している。彼女が何を言い出すのか予想できない。今もストーカーだと言われなくて良かったと思っていた。


「甘いですね」

「えっ!」


 僕はストーカーとして訴えられるのかと思った。


「お酒です。甘口でフルーティーです」


 僕も飲んでみた。確かに香りとコクを感じる。しかし、元来は日本酒を好まない僕には今一だった。この店に来たときはいつもハイボールを飲んでいる。今日は彼女に合わせているだけだった。


「日本酒が好きなんだねぇ」

「はい、お父さんが好きだったので」

「ふーん、きららちゃんはお父さんが好きなんだね」


 急に彼女は体ごと僕のほうを向いた。少し口元を噛み締めて、大きく頷いている。


「今でも、好きです。ずっとお父さんのこと」

「羨ましいお父さんだね。こんなにも可愛い娘に愛されてるって素敵だな」

「そう思ってくれていたのかなぁ」


 カウンターに向き直って、また一口飲んだ。そして、彼女は遠い目をしている。僕には分からない何かを思い出しているのだろうか。


「ちょっとちょっと、きららちゃん。お父さんは元気でいるんでしょう。それなのに何故過去形で言っているのさ」

「あれ、あははは。そんなことを言ってましたか。勿論ですよ、父は元気でいますよ」


 彼女は鼻歌を歌いながら、アジのたたきを食べた。生魚は無理だと言っていた彼女なのに。


「うわ、これ美味しいですよ。佐藤さんも食べてください」


 お酒が止まらなくなった彼女は本当に可愛い。しかし、高校生でしかなかった印象は随分変わったように感じる。何故だろうか。女の子は化粧で変身してしまうからかもしれない。ただそれだけで決め付けるには変わり過ぎている気がする。


「これはね、大分の郷土料理なんだよ。ここの女将さんの出身地なんだって」

「なるほど、なめろうとは少し違いますもんね。私も作ってみよっと」

「おっ、いいね。きららちゃんの手作りを僕も食べたい」

「本当ですか。でも、味の保証はしませんよ」


 自信満々で言う彼女は笑っている。僕はその笑顔を間近で見れて安心していた。二杯目の日本酒も無くなる頃、僕たちは雑炊を頂いた。飲酒後の胃腸に優しい食べ物で満腹になった。


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