31 無関心
「えーっと」
僕の気のない反応に、山藤はテーブルを拳で叩いた。
「明日の昼メシは、お前が呼んでいるとあのコに伝えておく。ちゃんと言ってやれ」
それで出来なければ、お前は終わりだ。最後通告のように言って去って行った。残された僕は、しばらく彼女が食事をしている方を見ていたが、彼女と目が合う瞬間もない。完全無視だ。僕は諦めてその場を去ってしまった。
忙しい業務をこなし、再び昼休みになった。いつものように僕は時報と共に食堂に向かった。山藤が言った通りにいていたならば、彼女は僕の前にやって来る筈だ。何を話せばいいのだろうか。ここへきて僕は焦ってしまう。気軽に声を掛ければそれで済むのに、今の僕にはそれが分からなくなっていた。
昨日と同じだ。開発部の女性社員たちが僕の横を通り過ぎて行く。しかし、確実に違うのはその中に彼女がいないこと。彼女は本当に僕の所に来てくれるのだろうか。
彼女が来た!
開発部の女性社員たちに遅れてやって来た。一人でいるのは山藤のおかげなのだろう。僕の心臓の鼓動が急激に高まる。
「・・・」
僕の横を彼女は通り過ぎた。しかも、視線を向けようともしない。
何故? 僕の頭には疑問符が浮かぶ。彼女は女性社員たちに合流すると、昨日のように楽しそうにお喋りを始めた。
「おい、佐藤!」
山藤が僕の背後に立っていた。
「武鎧さんは、やっぱり来てくれなかったな」
「はい?」
「昨日言ったようにちゃんと伝えたが、俺に余計なことをしないでと言われた。何故、俺がそんなことを言ってくるのかとも訊かれた」
「断られた?」
「違うな。あれは俺ではなく、お前だ。お前が直接誘うべきなんだ」
「ふむ」
「お前は分かっているのか。お前のところの松本って奴がちょっかいを出しているんだぞ」
「何となくそんな気がしていた」
「随分冷静だな。好きな女が奪われそうなのに、平気なのか?」
「選ぶのは、僕じゃない」
「それはそうだが、普通は自分を選ばせるように努力するものだろう」
「僕は無理強いはしない」
「分かったよ。もう何も言うまい」
山藤はそれ以後何も言わなくなった。昼食が何だか味気ない。視線の向こうには彼女がいるが、その距離以上に離れている気がした。
ぼんやりと食事をしていると、いつの間にか僕は食堂に取り残されている。まだ昼休み時間だが、殆どの社員は食事を終えていて、僕のようにぼんやりと時間を潰している者たちしか残っていない。
仕方なく職場に戻ることにすると、職場の出口で嫌な場面に遭遇した。松本がいたのだ。それだけで僕が不快に思う筈がない。そう思わせる理由がある。
「お疲れ様です」
彼女が僕に向けて頭を下げる。それは儀礼的で無関心な挨拶だ。隣で松本がほくそ笑むのを見た。それは僕の敗北なのだろう。僕は彼女を諦める。それが男らしさだと訳もなく気取っていた。
午後からの業務は当然のように身が入らなかった。彼女との新入社員教育の想い出が思考を支配して、他に何も考えられない。僕はいったいどうしてしまったのだろうか。努めて平静に戻ろうとするが、係内に松本の姿を見ると無性に腹が立った。
その後、僕は一週間のうちで三度も彼女といる松本を目撃した。これは既成事実になる。これで彼女は松本と付き合っていると、僕どころか誰もが認めざるを得ない。




