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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
30/95

30 通り過ぎ

 新年を迎えて年始の業務が始まった。恒例の社長の新年の挨拶をインターネット回線で社員一同有り難く頂戴する。いつもと何も変わらない平穏な一年になりそうだった。


 僕は年末からの業務を続ける。試作の航空機部品の試験を繰り返す。不具合を抽出するにはあらゆる使用条件を想定した上で行わなければならない。


 データーは課長のパソコンに送っておきますね。


「そうだなぁ。頼むよ、きららちゃん」


 つい彼女の声が聞こえたような気がして、そんなことを口にしてしまう。彼女はもういないのに幻聴とは僕はどうかしている。新入社員研修は予定通りに年末で終わった。彼女は正規の配属先である開発部に行ってしまったのだ


 ぽっかりと大きな穴が開いた気がしている。八ヶ月以上一緒にいたのだ。こんなにも長く密に接していた人物は両親以外には彼女しかいない。学生時代に付き合っていた女性でさえも、平日を毎日八時間も傍にいなかった。


 僕は心配で仕方ない。


 開発部でうまくやっているだろうか。彼女の天真爛漫な性格と、僕が教え込んだ知識をもってすれば、どの新入社員よりも優秀な筈だ。それは心配事のほんの一部分でしかない。何よりも心配していることが他にある。


 それは彼女が僕をどう思っているのかまだ分からないことだ。つまり僕と彼女の仲は進展していない。それどころか疎遠になったような気もしている。


 すべてはあの夏の旅行が原因だった。当然だが僕は彼女の純潔を守った。こんな表現は何だか生臭いので好まないが、あの夜に僕と彼女は肌を触れ合う行為をしなかった。二人しかいない状況が強烈過ぎて、お互いを意識して何も出来なかったというのが本音かもしれない。


 目が合えば気恥ずかしくなる。手を取るのが照れくさい。そんな日々が続き、夏が秋にかわった。たぶん誰も二人の変化には気付かない。いつものように就業中に工場内を散歩して回り、誰からも呆れた目で見られていた。


 でも、僕と彼女の間には小さな溝が生じている。裏腹な思いと行いは、僕の中で何がしたいのか分からないものになる。素直になれば良いだけなのに、それが出来ない頑固な自分がいた。


「おい、佐藤!」


 食堂で昼食を摂っていると、山藤がにやにやしながら現れた。僕が折角静かに食事をしているというのに、騒がしい奴が隣の席に来てしまった。


「どうした、武鎧さんとの研修が終わったら、もう振られたのか」

「元々そんな関係じゃないさ」

「何を言ってやがる、一夜を共にした仲だろう」

「何もしてないよ」

「してない―――、まさか」

「してない。だから、嫌われた」

「馬鹿か、お前。あのコは期待していたんだぞ」

「ないよ。それはない」

「何故。あのコがお前を誘ったんじゃないか」

「でも、まだ子供だよ」

「見た目を言っている。大学を卒業した立派な大人だぞ」

「そうかもしれないが、とにかく純真だよ。そんなことは考えなかっただろうに」

「そう思っているのはお前だけだな。いくら東大に行ってたからって、勉強ばかりはしてないぜ」

「東大?」

「何だ、お前はあのコが行っていた大学も知らないのか?」

「化学システム工学科卒としか」

「おいおい、お前らはそんなんで大丈夫なのか」

「大丈夫も何も、その程度だったってことだ」

「なぁ、素直になれよ。あのコが好きなんだろう。気になって仕方ないんだろう」

「東大かぁ。僕とは釣り合わなかったんだな」

「本気で言っているのか」

「僕だけが本気になっても仕方ないだろう」

「あのコに確かめたのか」

「必要ないね。もう嫌われているのさ。旅行の後からずっと感じている」

「だから、あのコに確かめたのか。一言でも、お前が、真正面から、誠心誠意で」


 そう言っている時、彼女が開発部の女性社員たちと共に僕たちの横を通り過ぎて行った。彼女は僕に気付いていないのか、はたまたお喋りに夢中なのか、視線をこちらに向けることもなかった。

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