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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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3 部品を突く

 瞬く間にきららちゃんの呼び名は課員全員に伝わった。僕が広めたわけではないが、特にオジサン社員たちには好評だった。それだけ彼女が注目されていたからだろう。それならもっと教育するのに協力して欲しい。接するのは歓迎するが、教育は遠慮されている。会社が期待する教育を出来なければ、担当者に未来はないのかもしれない。


「きららちゃん、マシニングセンタって何?」


 僕の素朴な質問だ。当分はこの機械を使うことになっている。それなら教材にしない手はない。


「鉄を削って、部品を作る機械ですね」

「うん、正解。でも、僕は不合格を出すよ」


 おっていう顔を彼女はした。驚いているが、不信には思っていないようだ。彼女の表情が豊かなので、僕にはそう感じられた。


「成程、要求される解答ではなかったのですね」


 彼女はくるりと大きな目を回して、目の前の工作機械を見た。前カバーが開いていて、主軸頭が覗けた。胸の前で腕を組んで、人差し指を顎に当てながらじっくりと考え出した。


「これまでの研修で習ったことは、この現場では通用しない。きっとそういうことなんだよね」


 独り言のように言う。僕はそれを聞こえない振りをしてにんまりした。正解なのに不合格と言われると、普通なら理不尽に思う筈だ。それなのに彼女には考えようとする気構えがある。


「きららちゃんへの課題にするよ。僕の指導でどんな解答に変わっていくのか楽しみだね」


 彼女は不思議そうな表情をする。


「私も楽しみです。何を教えていただけるのか宜しくお願いします」


 本当に嬉しそうな顔をする。僕は自分で教育担当者としてのハードルを上げた。毒を食らわば皿までという気分だ。化学屋を機械屋にする難しさは最たるものだ。化学屋は論理で考え、機械屋は現実で考える。思考回路が全く違うのだ。目で見たものが全てだ。それを理解して欲しい。


「例えば工場には圧縮されたエアーがあちこちに配管されている」


 僕はエアーガンを手にとって、圧縮空気を空中に噴射させた。


「これは機械にも繋がれているんだ。でも、そのままでは使えない。このエアーは汚れているからね」


 僕は機械の裏側に回ってエアーパネルを指さした。彼女は初めて見る空気圧装置をじっくりと見て興味を示した。


「工場内の配管の内部は劣化して錆があるかもしれない。そんなエアーは鉄粉だらけで機械には使えない。だからこのフィルターで綺麗にするんだ」


 透明な筒状の機器を指先でこんこんと突いた。


「さて、このフィルターは二つもあるよね。一つ目で大まかに鉄粉とかのゴミを取って、機械が削った切り屑を掃除するエア―ブローに使ったりする。二つ目を通すと、エアーは更に綺麗になるので、機械の内部に入っていろいろな役目に使われる。それはね、家庭の水道水で言うと、手洗用と飲料用みたいなものだよ。川の水は汚れているから少し綺麗にして手を洗えるようにする。もっと綺麗にして飲めるようにする。それと同じなんだ」


 彼女は、へーっという表情をしてプラスチック製のフィルターを見詰めている。玩具のようなものが偉大な代物として認識を新たにしてくれたのだろうか。そして、ポケットから手帳を取り出すと、夢中にメモ書きを始めた。


「さて、そのエアーだけど、機械で使うには一定の圧力にしなくちゃならない。低過ぎても高過ぎても動作不良を起こすからね。だけど工場から供給されるエアーなんてものは、そこここの工場によって圧力が違うから、そのままでは使えない。だから、これ」


 僕は違う部品をこんこんと突く。


「レギュレーター。圧力を下げる機器だよ」

「下げる・・・ 工場のエアーが低かったら、増圧するんですか?」


 質問されるのは大歓迎だ。彼女の理解や興味の度合いが分る。


「増圧機っていうのはあるんだけど、ほとんどの場合、工場のエアーは高圧になっているから減圧が一般的だね」


 ふーんという声が聞こえた。


「ちなみに増圧機っていうのはね」


 僕は紙に図形を描いた。シリンダーを二つ向かい合わせに繋げたような断面図だ。空気の流れを矢印で示しながら圧力が二倍になる仕組みを説明するが、少し難しいようで彼女は首を捻ったままで苦い顔をした。機械屋だったら感覚で理解してくれるのになと、僕は嘆息した。


「話を戻そう。機械で使える圧力にしたら、ここで不測の事態に備える」

「ふそく?」


 僕には彼女が「不足」と言っているような気がした。だからなのか口を尖らせて、眉間に皺を寄せていた。表情の変化が面白い女の子だ。教えていて楽しくさえある。


「予期しないことだよ。工場からのエアーの圧力が突然低くなってしまった時、そのまま機械が動いていると事故を起こすから緊急停止しなきゃならない。そこでこいつ」


 僕はまたも部品を突く。


「圧力スイッチ。圧力を測って、異常があればアラームを出す」


 おっと言って、彼女は口を尖らせる。僕をその隙を突いて次の部品を突いた。


「で、必要な時に応じてバルブを開け閉めするソレノイドがあるんだ」


 彼女は満面の笑みで笑った。僕はそれを期待していたのだと感じた。だからこんなにも丁寧に教えたのだなと狼狽した。下心があったからなんだろうか。彼女にそれを悟られないように焦る僕。


「至れり尽くせりなんですね。この部分だけでも、こんなに考えられて作られているなら、全部知ることが出来ると楽しいですね」


 そうだろうとも。化学よりも機械のほうが楽しい筈だ。絶対に彼女を機械の楽しさにはめてやる。静かに僕は心にそう誓っていた。

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