29 風呂
「バーベキューでかいた汗を流したい」
「でも、それは―――」
焦っている彼女は可愛い。僕は立ち上がって風呂場を覗きに行った。山藤が言ったように部屋の風呂なのに結構広い。これなら二人でもゆっくりと入れる。
「本気なんですか、佐藤さん?」
覚悟を決めるつもりなのか彼女は尋ねる。だから僕はうんと頷いてみせた。
「私のせいですから―――」
「露天風呂は気持ちいいよなぁ。一緒に行こう」
露天風呂のある大浴場は男女別だ。彼女とは一緒に入れない。
「えっ?」
彼女はぽかんと口を開けた。覚悟していたものが一気に消滅した展開に理解できていない。
「露天風呂だよ。外の風呂。こんな風呂に一緒に入るつもりだったの、きららちゃんは?」
「だっ、騙したんですか、私を!」
「えっ、ここに入りたいの?」
「違います。佐藤さんが一緒にお風呂に入ろうって言いましたよね」
「うん、だから入りに行こう」
「うぐっ」
変な呻き声をあげて、彼女は口をつぐんだ。しかし、これくらいのことを彼女にしても罰は当たらない。僕のささやかな仕返しだった。そして、それよりも今夜はどうしようかと悩む。
彼女と二人きりの部屋。
初めての夜。
僕の理性は欲望を押さえ切れるだろうか。田舎の女子高生に見えていた彼女が、急に大人の女性として僕を魅了する。僕の弱さが何よりも心配でならない。それなのに―――
「いいですよ。摩唯伽は佐藤さんと一緒にこのお風呂に入ります」
彼女が僕の服の端を掴んで伏し目がちに言った。
「うぐっ」
今度の呻き声は僕だ。そんなことを言われて無視する男はいない。据え膳食わぬは男の恥といわれている。そこまでしている女性の勇気に応じないのは、むしろ傷付けるだけだとも。
僕は毎日彼女のことを考えている。それは好きではない筈がないってことだ。こうしてはっきりと気持ちを決められないのは僕らしい欠点だ。
「そうだなぁ。きららちゃんなら男風呂に入っていても違和感がないね」
茶化して言う僕は、更に彼女の全身を嘗め回すようにして見る。わざとらしく厭らしく繰り返した。
「んもう、止めてくださいよ。私の負けです。ごめんなさい」
彼女は降参したが、どこまで本気で言っていたのだろうか。もしも全部が本気なら、僕は彼女に失望されたかもしれない。
「ふんふんふん」
風呂に行く支度をしていると、変な節回しの鼻歌が聞こえた。どうやら彼女らしくいてくれているようだ。僕は安心しても大丈夫な気がした。どういう気分になると彼女はそうするのか。僕にはまだ彼女の知らないことばかりがあった。だから、もっと彼女のことが知りたい。
それが僕の本心だ。




