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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
29/95

29 風呂

「バーベキューでかいた汗を流したい」

「でも、それは―――」


 焦っている彼女は可愛い。僕は立ち上がって風呂場を覗きに行った。山藤が言ったように部屋の風呂なのに結構広い。これなら二人でもゆっくりと入れる。


「本気なんですか、佐藤さん?」


 覚悟を決めるつもりなのか彼女は尋ねる。だから僕はうんと頷いてみせた。


「私のせいですから―――」

「露天風呂は気持ちいいよなぁ。一緒に行こう」


 露天風呂のある大浴場は男女別だ。彼女とは一緒に入れない。


「えっ?」


 彼女はぽかんと口を開けた。覚悟していたものが一気に消滅した展開に理解できていない。


「露天風呂だよ。外の風呂。こんな風呂に一緒に入るつもりだったの、きららちゃんは?」

「だっ、騙したんですか、私を!」

「えっ、ここに入りたいの?」

「違います。佐藤さんが一緒にお風呂に入ろうって言いましたよね」

「うん、だから入りに行こう」

「うぐっ」


 変な呻き声をあげて、彼女は口をつぐんだ。しかし、これくらいのことを彼女にしても罰は当たらない。僕のささやかな仕返しだった。そして、それよりも今夜はどうしようかと悩む。


 彼女と二人きりの部屋。

 初めての夜。


 僕の理性は欲望を押さえ切れるだろうか。田舎の女子高生に見えていた彼女が、急に大人の女性として僕を魅了する。僕の弱さが何よりも心配でならない。それなのに―――


「いいですよ。摩唯伽は佐藤さんと一緒にこのお風呂に入ります」


 彼女が僕の服の端を掴んで伏し目がちに言った。


「うぐっ」


 今度の呻き声は僕だ。そんなことを言われて無視する男はいない。据え膳食わぬは男の恥といわれている。そこまでしている女性の勇気に応じないのは、むしろ傷付けるだけだとも。


 僕は毎日彼女のことを考えている。それは好きではない筈がないってことだ。こうしてはっきりと気持ちを決められないのは僕らしい欠点だ。


「そうだなぁ。きららちゃんなら男風呂に入っていても違和感がないね」


 茶化して言う僕は、更に彼女の全身を嘗め回すようにして見る。わざとらしく厭らしく繰り返した。


「んもう、止めてくださいよ。私の負けです。ごめんなさい」


 彼女は降参したが、どこまで本気で言っていたのだろうか。もしも全部が本気なら、僕は彼女に失望されたかもしれない。


「ふんふんふん」


 風呂に行く支度をしていると、変な節回しの鼻歌が聞こえた。どうやら彼女らしくいてくれているようだ。僕は安心しても大丈夫な気がした。どういう気分になると彼女はそうするのか。僕にはまだ彼女の知らないことばかりがあった。だから、もっと彼女のことが知りたい。


 それが僕の本心だ。

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