28 二人で
私は何だと言おうとしたのか気になった。そうしたいとでも言うつもりだったのか。そんなことを言うのは、僕が知っている彼女ではない。
「嫌とかそんなんじゃなくて、僕は男できららちゃんは女ってこと」
「そんなの当り前じゃないですか。佐藤さんは男で、私は女です」
「あのね、酔ってるよね、きららちゃんは」
「大丈夫です。私は佐藤さんを信頼してるんです。ただそれだけです」
「信頼? 僕を信用しているから?」
「はい。佐藤さんを信用していますから、私は今夜を信頼します」
やはり彼女は彼女だった。間違いなく彼女は、しっかりと僕を見てくれている。それならば裏切りは許されない。僕は一旦落ち着こうとベッドに腰を下ろした。
必ずこの噂は広がる筈だ。僕が本当に何もしなくても、誰がそれを信じてくれるのか。純真な彼女を誹謗中傷からは守らなければならない。
「なるほど。だから山藤はベッドを使わなかったのか」
彼女と交代するからベッドを荒らさなかったのだ。山藤なりに気を使っていたわけだ。
「何ですか?」
「いや、いつから仕組まれていたのかなって」
彼女はそれを知っているのか言い難そうに口籠った。
「こっちにおいで、きららちゃん。ちゃんと話そうか」
僕は対面のベッドを指差した。彼女は素直に従ってソファーから移動する。膝を突き合わせて話をするのは職場でもしているが、宿の部屋でベッドの上となると雰囲気が違った。
彼女の顔が赤い。それは酔っているからでもあるが、先程よりも明らかに紅潮していた。それが僕にも伝染するのを感じた。
「えーっと、きららちゃんはもしかすると共謀しているの?」
「・・・共謀」
その言葉は悪い意味でしかない。他の四人と合意して悪事を企んだのかと、僕は尋ねる。恐らく彼女にはそのつもりはないだろうが、このことは明確にする必要がある。
「あの、この旅行はカップルで参加っていうのはお話ししましたよね」
「うん、きららちゃんはそれが旅行に参加する条件だって言った」
「実は、もう一つあって―――」
また口籠る。それを言えば僕が怒ると思っているのだろうか。
「言ってごらん。僕はきららちゃんがすることには責任を持たなければならない」
「それは私が新入社員で、佐藤さんが教育担当者っていう立場だから」
「きららちゃんは試用期間を終えて本採用になった。だから立場は対等だよ」
「それならしっかりと叱ってくださいね。佐藤さんが努力をして一緒にやって行こうと仰ったことに、私は甘えています。だからこんなことをしてしまっても、何も反省していない」
彼女はベッドの上で膝を抱えた。首を大きく傾げて今にも倒れ込んでしまいそうだ。
「分かった、これからはちゃんと叱ろう。僕は自分が力不足だから、きららちゃんを叱れないでいた。でも、それは違っていたんだなぁ」
不満、動揺、後悔、反省。どのような感情が現れたのか、彼女は下唇を噛んだ。
「もう一つの条件はですね」
彼女は僕の目を盗み見た。まるで脅える子供のような表情をする。僕はそんなに怖い顔をしているのだろうか。
「二人で同じ部屋に泊ることです」
耳の先まで紅潮する彼女。僕には既に合点がいっている。途中で山藤に部屋を代わってくれと頼まれても、おいそれと応じるような彼女ではない筈だ。だとしたらこの四人を口封じするのは簡単だ。それで噂が立つことはない。
「しょうがない女の子だな」
「ごめんなさい」
「仕方ない。きららちゃんがそういうことなら、―――」
僕は部屋の奥に視線を向けた。彼女も釣られてそちらを見る。何となくからかってみたくなった。
「一緒に風呂に入ろう」
「えっ!」
思わず彼女は両手で胸元を押さえた。




