26 恥ずかしい
「驚いたよ。ただのアイスコーヒーを入れるなんて想像もしていなかったね。僕はスクリュードライバーでも作ってくれるんだと思ってた」
「そんな在り来たりなのは、私らしくないですよね」
「アルコールは? 何かを混ぜていたよね」
「入れていませんよ。そんなのはブラックコーヒー派には邪道です」
コーヒーで乾杯をしたのは初めてだ。しかし、彼女といるといろんな体験ができて楽しい。
「でも、きっと佐藤さんはそういうと思っていたから」
彼女は後ろ手に隠し持っていたグラスを二つ差し出した。オレンジ色の飲み物だった。
「スクリュードライバーです」
まんまとしてやられた。僕の考えていたことが読まれている。それは恐ろしい能力だ。もしすべてがこんな調子なら彼女が僕を手玉に取るのは時間の問題だろう。
「それじゃあ、もう一度乾杯しましょ」
どうも主導権は彼女が持っているようだ。男として一刻も早くこれを打破しなければならない。僕は仕方なく片方のグラスを受け取った。
「乾杯!」
オレンジジュースの味で甘いのかと思いきや、ウォッカがかなり効いている。彼女は配分を間違えたのだろうか。それとも知らずに作ってしまったと考えるべきなのか。片方だけのグラスの中身を変えていたなんて考えられない。彼女がそんなことをする理由がないからだ。
「佐藤さん、これって飲み易いんですけど危険ですね」
彼女はアルコール度数のことを言っているのだろう。自分で作っておきながら喉を突く刺激を楽しんでいる様子だ。
「きららちゃん、焼き肉が焼けてるよ。特注品だからね、堪能しなよ」
魚が食べられない彼女用の牛肉を皿に取ってあげた。
「優しいんですね」
「いつだって僕は優しいよ。ほら、食べて。そして、どんどん飲んで」
カクテルを作っている阿部さんが僕たちを見ている。僕と何気なく視線が合ってしまった。
「ホンマ仲いいね、佐藤さんら。お代わりやったら、これ飲んでや」
阿部さんは僕が催促したと思ったのか、カクテルを置いて行ってくれた。それを見て、んっていう表情をして彼女はおちょぼ口になる。少し心配なことでも出来たのかと僕は感じた。
せっせと肉を焼いて彼女に、更にエビ・イカ・ホタテ・カキを僕は食べた。椎茸や獅子唐、アスパラ・インゲン・オクラ・ベビーコーン、野菜もたっぷり焼いた。
「グェッ・・・」
お代わりのカクテルを一口飲んで、僕は顔をしかめた。
「どうしました?」
彼女は大きな椎茸を頬張っている。その息にバター醤油焼きの香りが漂っている。
「まっずい」
「はぁ、まさかその黄色いのは」
「そう、まさかのパイナップル」
「そっか、佐藤さんは大嫌いって言ってましたね」
彼女は少し飲んだ赤い色のカクテルを差し出した。
「私のと交換しましょうか。トマトですよ」
何の躊躇いもなく彼女は言う。むしろ当然だという表情をしている。だから僕はつい甘えてしまう。五歳も年上なのに情けない僕だ。
「ホンマに仲いいね」
阿部さんがそう言って、山藤に甘える。僕たちはずっと皆に注目されていたのだった。
「グラスを交換し合うなんて、俺たちもしていないのにな」
「まったくだ。こっちが見ていて恥ずかしいよ」
それぞれに冷やかす言葉を浴びせる。それなのに彼女はにんまりと笑っていた。真っ赤な顔をしている。それは酔っているからなのか。それとも恥ずかしいからなのか。
「ちょっとちょっと、きららちゃん!」
彼女が突然落ちた。酒を飲み過ぎたのだ。酔いがあまりにも唐突に襲って来たのだろう。
「武鎧さん、大丈夫?」
香織さんが肩を抱いた。阿部さんも慌てて介護に急ぐ。
「部屋に連れて行くね」
そこは男の力が必要だろうと、僕は立ち上がった。




