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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
20/95

20 新人と新人

「僕はどうしたらいい?」

「佐藤さんは少しも悪くないです。何も知らないし、何も役に立たない私が悪いんです」

「そんなことはない。きららちゃんはよくやっているよ」

「でも、足手纏いですよね、私って。はっきりと仰っていただいても大丈夫ですよ。いつでも辞める覚悟は出来ています」


 真顔で言う彼女に戸惑ってしまった。何が彼女をこんなにしたのか。僕には見当が付かない。それよりも当惑していて、何を言うべきか考えがまとまらない。


 無意識に僕は彼女の頭を撫でていた。自分がしている行動がまるで信じられない。どうしてこんなことが出来るのだろうか。社内で女の子にすることではない。


 しかし、僕はそうせずにはいられなかった。そうしなければ彼女が壊れてしまう。僕のせいで壊れてしまう。それが何よりも怖くなった。ずっと彼女は心に溜め込んでいたのだろう。僕に気を使って、何も言えずに耐えてきたのだろう。


「僕が悪かった。きららちゃんが優秀なので、つい焦って教え過ぎていた」


 彼女が甲斐甲斐しく僕の期待に応えようと献身してくれていた。僕は一挙に気付いてしまった。彼女は健気だ。それに僕は驕ってしまっていた。


「僕の期待が重荷だったよね。勝手な願望を押し付けてしまってご免ね」

「そんなことないです。あれは私の理想でもあったんです。でも、私には素質がなかっただけ」


 彼女はすべてを自分の責任にして退職しようとしている。しかし、そんなことはさせられない。僕の教え方が悪いせいで、優秀な彼女を潰してしまう訳にはいかない。このまま彼女の頭を撫でているだけでは救ってあげられないのだ。


「きららちゃん。手を出して」


 何の疑いもなく彼女は手を差し出す。こんなにも従順な彼女を僕は好き勝手にしてきた。それが僕の過ちだ。


「誓って言うよ。僕はきららちゃんの才能は素晴らしいと思っている」


 僕は彼女と掌を合わせて誓った。具体的にどう変革するのかはまだ決めていない。熟慮が必要だと思う。もう二度と彼女を苦悩させてはならない。


「はい、ありがとうございます」


 彼女はきょとんとしている。僕が何を誓ったのか分かってくれていなくて良い。ただ彼女にはいつまでもこのままでいて欲しい。


 翌日の僕は何の変革も出来ないでいた。だから彼女に教える僕の知識は封印した。慌てては駄目だ。彼女の教育期間は年内まであるのだ。


 いつもの組立作業を彼女にしてもらっている。市販の部品に他製品の兼用部品、それに僕が製作した部品を二時間程度の作業時間で、すきまゲージを使用しての調整も必要とする製品だ。この同じ製品を多量に必要なので、新入社員の練習には打って付けだった。ミスもなく作業できるようになって自信を付けて欲しい。


「どんな具合かな?」

「トルクレンチを使っていても、同じ隙間にならないものですね。でも、ある程度加減して締めれば大丈夫みたいです」


 僕はすきまゲージで確認してみる。なるほどどれも同一の品質で仕上がっていた。


「この板金の寸法がばらついていますので、前もって測って寸法別にしておくと、締め加減も一定するので時間短縮できそうです」


 僕は驚いた。彼女には次に教えようとしていたのに、先を越された。自分で何かを工夫できないかと考えさせるつもりだったのだ。


「素晴らしいよ、きららちゃん。よくそれに気付いたね。いつも本質を見ようとしていたからだね」


 嬉しくなって、つい言ってしまった。理論家の化学屋を機械屋に転身させた瞬間かもしれないと思ったからだ。


「うわぁ、ありがとうございます。初めて佐藤さんに褒めてもらえました」


 彼女を褒める? 両手を口に当てて喜んでいる。素直に感情を態度に表す彼女は、僕を更に驚かせた。


「初めてだったね」

「はい」

「いつもきららちゃんは頑張っていたね」

「はい」

「僕に褒められると嬉しいよね」

「はい」


 声を押し殺して彼女は泣いている。


 僕は自分の勝手な願望を彼女に押し付けていたと思って反省し、僕の期待を重荷にしないと彼女に誓った。しかし、そこが間違っていた。僕は教育担当者としてよりも、人として失格していたと悟った。


 自分の知識を教育担当者と称して彼女に押し付けて、それを彼女は懸命に受け取ってくれいる。それなのに、僕は彼女の努力に対して何の評価もしていない。むしろ知識量の多い僕が彼女の教育担当者をしていることを誇りに思えと勘違いしていた。何も教えてもらえない他の新入社員の何倍も幸せなのだと思い上がっていた。だから彼女は教えられているのだから、努力するのは当たり前だと思い込んでいた。


「僕も新人だった」


 教育する立場になったのに、他人の感情が分かっていない社員だ。仕事は出来ても、教育することは彼女と同じ新人だった。


「僕の驕りできららちゃんに苦労ばかりを掛けるね。ごめんね、教育担当者としての素質がなかった僕が悪いんだ」


 僕は彼女に謝ってばかりだ。無能な教育担当者で申し訳ない。それなのに彼女は首を激しく左右に振って、僕を励ましてくれている。


「きららちゃん。手を出して」


 彼女はまた何の疑いもなく手を差し出した。僕はその手をしっかりと握った。


「一緒にやって行こう。僕もきららちゃんと同じ努力をしたい。そして、モノづくりをするきららちゃんに活躍させてあげたい」


 彼女が僕の手を握り返してくれた。漸く一つになれたと実感した。いよいよ夏本番の季節になる。こんなにも遅くなった僕たちの出発は、二人で仲良く手を取り合っていくことになった。

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