表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
2/95

2 雲母は輝く

「えーっと、何なんだよ、一体全体」


 兎に角今は仕事が優先だ。報告をした以上、出来ませんでしたでは済まされない。それにしても新入社員の教育担当者とはどういうことなのか。課員には僕なんかよりもベテランで優秀な人材が溢れている。まだ入社五年だぞ。自分にはやるべきことや覚えることが山とある。そんな余裕なんてある筈がないし、教える技量もない。辞退するべきなのだろうか。


「あーぁ、女の子だからか」


 会社全体として女性社員は相当数いる。しかし、僕が所属している課は業務の内容上、男しかいなかった。力仕事が多い。重い部品を持ち上げるのは女子には無理だった。


「課長の奴め、僕に難題を押し付けたな」


 仕事をしながら考え込んだ。結局これが試練というものかと受けるしかない。しかし、指導なんてした経験がないので何をすれば良いのか全く分からなかった。気が重い。ただそれだけで憂鬱になった。


 翌日の朝礼で彼女は課員たちの前で自己紹介をした。


「岐阜県出身の武鎧摩唯伽です。武士の鎧でぶがいと言います。機械のことは初めてなので何も分かりませんが、一生懸命に頑張ります。皆さん、宜しくお願いします」


 平凡な台詞だが、彼女は一人一人の目を見て言った。皆は女の子が初めて配属されたことに喜んでいる。これで活気が出るだの、若さが貰えるだの、歓迎会は何処にしようだの勝手なことを話し出した。


 しかし、僕はそれよりも昨日とは違う彼女の印象に驚いていた。初対面の男性社員の目を見て話すのは勇気がいるのではないか。しかも父親よりも年上のオヤジたちにも臆することがなかった。そうならば、昨日のあの怯えた目をする子犬は何だったのだろうか。


 気のせいだったのか。どちらにせよ、これから毎日接していかねばならないのだ。余計な詮索はやめようと決めた。


 取り敢えず仕事に取り掛かる。あれだけ騒いでいた課員たちは持ち場に散って行く。課長も素知らぬ振りをして、後は任せたふうに居なくなってしまった。


「無責任な奴らだ」


 彼女には聞こえないように、僕は皆を罵っていた。


「ここは飛行機とかロケットとかを作っているんだけど分かるよね」


 彼女にやんわりと訊いてみた。僕はそれくらい知っていて当然だと思っている。天下の菩提重工に就職しているからには、一通りの勉強をしているから入社できた筈だ。


「あのー、私は機械のことをあんまり知らなくて、就職活動の時にここに勤めている先輩に聞いたんですけど、よく分からないです」


 申し訳なさそうに彼女が答えた。消え入りそうな声で、消え入りそうに小さい体を縮めた。


「まぁいいよ。そのほうが教え甲斐がある」


 思ってもいない言葉が僕の口から勝手に漏れた。女の子には甘いな。僕は我ながら自分に呆れた。


「学校は?」

「化学を専攻してました」

「いやいや、僕が訊きたいのは――― まぁ、いいや」


 出身大学を訊きたかったのだが、どこからどう見ても彼女は田舎育ちの女子高生にしか見えない。本当に大学を出ているのだろうか。しかし、聞いたところで仕方ない気分になった。それよりも化学って、どういうことだ。機械を勉強してきたからの配属ではないのか。人事部は何を考えているのかと不信感を増した。


「小保方さんみたいな割烹着姿で試験管を振ってたんですよぉ」


 指先で試験管をを掴んで振る真似をした。STAP細胞で騒動になったリケジョの星のつもりなのだろう。でも、僕にはそんな彼女の華奢な手が気になる。そんな非力さで、これから先をやっていけるのだろうかが心配だった。


「化学なのに、どうしてこの部署だったんだい?」


 人事部が新入社員の要望を聞く筈がないが、一応尋ねてみた。


「入社試験の成績が駄目だったんでしょうかね」


 ぺろりと舌を出してお道化ている。ますます高卒の女の子に見えてしまう。もしくは高専卒なのか。どちらにしても厄介なのには変わりがない。


「ところで、学生の時はみんなに何て呼ばれていたんだい」


 実は、僕は名字を呼ぶのを躊躇っていた。何故かは自分でも分からないが、武鎧さんなんて彼女には似合わない気がした。強そうな名前が気に入らなかったのかもしれない。


「私ですか。単に名字で呼ばれてましたけど」

「摩唯ちゃんとかは?」

「それは家で―――だけですね」

「そうかぁー」


 変な間があったが、わざわざ「だけ」と言う。そんなことなら呼べないなと、僕は言葉に詰まった。でも、突然に神の啓示に導かれる。


「きららちゃんは?」

「あー、それなら小学五年生ときから近所のおじさんにだけ」


 何かを思い出したように彼女は嬉しそうに笑った。笑うと余計に田舎の子っぽくなる。


「私ってキラキラしてますかね。何だかそんなふうに言われてました」


 彼女はますます嬉しそうにした。単純な性格が良い。彼女が笑うと僕は何だかほっこりとした気分になった。昨日の憂鬱は、知らぬ間に何処かに行ってしまっていた。


「じゃあ、そういうことで決まりね、きららちゃん」


 実に簡単だ。摩唯伽の名前を英語読みにする。それは雲母という意味だ。雲母は輝くことから、昔は『きら』とか『きらら』と呼ばれていた。


 単純なのは僕のほうだ。材料工学を習っていた僕にとっては詰まらない知識だった。そんなことしか頭には浮かばないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ