18 技術職の女性
「永野さんに一理があったんですね」
言われていることを聞いていない僕は、彼女のうなじが気になったままだった。
「新婚さんの話をしていたんですか。どんなだったんです、永野さんの結婚式って?」
彼女は僕に猪口を持たせて、徳利の酒を注いだ。
「乾杯です、佐藤さん」
右手で杯を持ち上げ、左手を底に添えている。何とも美しい持ち方を彼女はしていた。
「あぁ、乾杯っ」
グイっと飲み干すと鼻腔から独特の香りが抜けていく。
「うっ、日本酒だ」
徳利から注がれたのだから当たり前だ。しかし、僕の頭脳は混乱しているので気付かなかった。
「永野は?」
「あっち」
「いつ、ここに現れた?」
「今」
「何で日本酒?」
「私が好きだから」
「・・・」
「・・・」
「この大酒飲み」
「ひっどぉーい! 罰だ。もっと飲め」
彼女はひたすら酌をした。僕はまだうなじに見惚れている。自分にはそんな興味があったのかなと信じられない。高校生にしか見えない彼女だったのに何故なのだろうか。
酔っているから。そう酒のせいにする。
違うな。
彼女の髪型のせいで、別人に見えるから。
これも違うな。
「きららちゃんも飲めよ」
「飲んでますよぉ。美味しいお酒ですね」
肩が触れ合う距離でいると何とも言えないくらいに落ち着く。他の所にいた彼女を目で追い掛けていた僕は、これで安心している。この気分は何なのだろうか。そして、僕にとって彼女は、どのような存在なのだろうか。
「そうだね、美味しいね」
心からそう思っている。それは酒の味ではない。僕はこの雰囲気に酔っている。だから言ってみたくなった。心に正直になっているのは、まさしく酔っているからだ。
「僕はきららちゃんで良かったよ」
これが正解だ。しかし、何がと問われかねない台詞だった。そうだ、僕は彼女と出会えて良かった。それをはっきりと口にしない僕は姑息で卑怯だ。
「実は私も良かったですよ。佐藤さんでなかったら、私は考え直していたかもしれません」
何を? 僕は彼女が何を考え直すのかを考える。仕事、就職先、ハラスメントの提訴。それとも僕という異性を見る目。これでは彼女も姑息で卑怯ではないか。
「飲みましょう、佐藤さん。お祝いですね」
「んっ」
何を祝うのか僕には見当がつかない。そして、彼女は何を思っているのだろうか。同じテーブルでシャイな後輩たちが睨んでいる。たった一人の女性社員を独り占めにするなと抗議しているのだろう。しかし、それは彼女の自由だ。彼らには悪いが、僕も交代してあげるつもりはない。
彼女と話をしている時間は短く感じた。僕は教育担当者として、彼女にどうあって欲しいのか打ち明けていた。そんなことを言われては重みになるだろうが、僕はそれほどに期待していた。
この製造業という業界で、モノ作りは男のものという考えが根深い。特に顧客と接すれば、女性社員が担当していて大丈夫かと思われてしまう。僕も最初はそうだったのだから間違いないことだ。
しかし、彼女と仕事を共にしていて、それがとんでもない間違いだと思い知らされた。彼女はそこら辺の男性社員よりも優秀なのだ。機械の理解度や取り組み方、責任感とが抜きん出ている。そして、男では絶対に出来ないことが彼女にはできる。それは女性らしい仕事だ。熱心で丁寧な仕事振りと、柔和な言葉使いと可愛い接客は、この業界には今まで無かったことだ。
彼女にこの業界を変革してもらいたい。男性よりもむしろ女性のほうが、モノづくりには適しているのだと証明してもらいたい。技術職の女性のパイオニアになってもらいたい。
そして、最初は女性だからと怒っていたお客様からでも、彼女が担当を続けることで「ありがとう、助かった」と言ってもらえたと、僕に報告してくれたら最高だと思う。だから精一杯に僕は教育をしていこう。どうか彼女にはそれについてきて欲しかった。




