16 歓迎会
今日は定時に業務を終えて、正門の守衛室前にマイクロバスが迎えに来る段取りになっていた。車体の側面にはド派手な大漁旗が描かれている。それに乗り込むのが恥ずかしくなるが、予約している居酒屋・呑々の送迎車だった。随分と遅くなった彼女の歓迎会が開催される。そうなったのは部長の予定が立たなかっただけのことだ。
然るに喜ぶ彼女は頬を赤く染めている。そして、頬肉がぷっくりと膨れて幼い表情に変わる。僕にはそれが無垢な女の子に見えてしまうから、都会慣れしていない田舎育ちを思わせた。事実彼女の出身は岐阜県の山の中だから、僕が感じているのは当然だったのだろう。
「何だかワクワクしますね」
先にマイクロバスの席に座っていた僕の隣に彼女は座った。まだ皆が乗り込んでいないので、空席は幾つもある。それなのに彼女はさも当然のようにそうしていた。
理由を考えてみると、それは仕方ないのかもしれない。彼女がそこまで考えているのかは分からないが、全員が乗り込めば満席は確実だ。一人掛けの座席は年功序列的なことで選べない。二人掛け座席では隣に誰が座ってくるのか心配だ。だから一番親しい僕が選ばれた。そういうことだろう。
夕焼けが迫る空を見上げて、僕は自分の身の程を弁える。僕が教育担当者でなければ、彼女は近付いて来ない筈だ。何処にも男としての魅力もない僕は節度を持っていなければならない。そうしてあげることが、彼女の為なのだ。
「きららちゃん、一緒にカラオケしよう」
「今日は帰らせないからなぁ」
オジサン社員たちが乗り込んで来る度に、彼女は次々と声を掛けられていく。それに笑って答えながら愛嬌を振りまいている。僕はその様子を横目で盗み見て、いったい何をしているのだろうか。
「夕暮れですね」
バスが出発して、彼女が声を掛けてきた。当然その相手は僕なのだが、ずっと外を眺めたままでいた振りをしていた。だから視線を外せない。
「何だか怒ってますか?」
「ん? 何も」
「だって、何も仰ってくれないし、ずっと向こうを向いたままじゃないですか」
「僕って、仕事以外ではこんな男だよ」
「でも、顔が怒ってます」
「怒ってない!」
「やっぱり怒ってます」
彼女はしょんぼりとうな垂れてしまった。本当に僕は怒っていないが、口調が強くなったのは失敗だった。あれでは怒っていると言われて当然だ。しかし、そうだからとて優しい言葉を掛ける器量がない。僕には詰まらない意地を張ってしまう癖がある。何度も改善しなければと課題にしてきたものだった。
言葉を交わさないままで居酒屋に到着した。店先に大きな提灯が掲げられて、店名の呑々がユニークな墨文字で書かれている。郊外の静かな場所にあるこの店に来るのは、僕は初めてだった。幹事の行き付けなのかもしれないが、小綺麗な外観で申し分なかった。
「ほうほうほう」
彼女は時折奇妙な擬音語などを発する。今回は心理状態を表しているから擬情語か。明らかに気に入ったと顔に書いてある。彼女は隠し事が出来ない性格だと証明されている。
「きららちゃん!」
オジサン社員たちに呼ばれて彼女は入店していった。僕はその後姿を視線で追っているだけだった。そして、その視線が他にもあることも察知している。僕の後輩の三人の男性社員だ。同じ部署に女性社員が配属されて気にならない筈がない。就業中は僕がいつも傍にいるので近付いて来なかったが、この歓迎会が最大の機会になるのだろう。僕に彼女への脈なしと知れば牙を剝く。それが分かっていても僕には彼らを止める資格はない。
取り敢えずビールで部長の挨拶と乾杯を待つ。いつもながらに話が長い。ビールの泡なんてとっくに消えても気にしないで話し続けるのは、管理職としての能力に問題がある。皆がイライラする雰囲気で充満した頃にやっとその時が来た。
「乾杯!」
彼女は上司やオジサン社員たちに囲まれてグラスを合わせていた。僕はといえば、若い社員たち側の席にいる。宴会場のテーブルの並び方で、自然と二つに分かれてしまった。そんな有り触れた飲み会の光景だった。
早々にビールからハイボールに切り替えて、僕は胃に食べ物を詰め込む。空腹で飲んだ乾杯の一杯で早くも酔いが回っている。肝臓思いの僕は油分の多い鶏の唐揚げを頬張って悪酔いを防止していた。
唐揚げ。もう一つ摘まんでいると、ふんふんふんと変な節回しの鼻歌を思い出した。善哉とプリンとコーヒーと、彼女。無邪気でよく食べる女の子だ。僕は無意識のうちに、いつも彼女を気にしている。上司たちに酒を飲まされて次第に酔っていく彼女を心配していた。




