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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
15/95

15 何か不満そう

 間もなく梅雨入りだ。天気予報図では九州付近で停滞していた梅雨前線が、今日にでも北上して甲信越にまで掛かるらしい。週間天気予報も傘マークの連続だった。


「今日が最後の晴れだそうですね。佐藤さんは寮で洗濯物を干しているんですか?」


 寮には各部屋にベランダがあって、胸下までの壁で囲まれている。そこに物干しが設置されているので、彼女が尋ねるように洗濯物を干している社員もいた。


「してないね。寮には乾燥機があるからね。女子寮もそうでしょ」

「はい。部屋にありますけど、使うの迷うじゃないですか」

「何だって・・・」

「だって、うるさいじゃないですか。それにこの時期に使うと、部屋中が湿気で物凄くなって」

「ちょっと待って、乾燥機が部屋にあるの?」

「はい、各部屋に洗濯機と乾燥機が付いてます」

「げげっ、男子寮は共同だぞ」

「げげっ、それは残念でした。聞かなかったことにしてください」

「何じゃい、その男女差別。この会社は男女平等ではないのか」

「あら、男女雇用機会均等法では女性を優遇するのは違法ではないですよ」

「そんなのは拡大解釈だろ。寮の設備は同等であるべきだ」


 始業前の朝のひと時、僕と彼女の会話はいつもこうだ。そして、仕事中でも無駄話をしたりするが、それは僅かな時間でしかない。実験センターへの出張以来、僕は教育担当者としての自覚を何よりも強く持っている。


 試作の航空機部品を製作する通常業務に戻って、彼女には組立の技能を習得してもらっている。どの工具を使用して、どのように組み立てるのか。カンとコツが要である。僕が簡単にやってのける作業でも、彼女には出来るものではない。


 僕にはそんなことは十分に分かっている。例えば僕にリンゴの皮を剥けと言われても、それは無理だ。彼女にそれをしろと言えば、たぶん簡単にしてしまうだろう。しかし、僕はリンゴとナイフを同じように持っていても、剥けていく皮は分厚く幅が一定しない。だからと言って、彼女に教えてもらえば出来るのか。答えはノーだ。まさしくカンとコツなのだ。


 見様見真似をすることから始める。表面的にでも模倣していれば、いつの間にか何でも出来るものだ。僕は彼女にそうして欲しいと大いに期待していた。


 失敗をすると、何故そうなったかを分析する。それは重要にことだ。失敗の結果は一つでも、その原因は幾つもある。たとえ一つのボルトの締め忘れという結果でも、その原因はうっかりしていたのか、後で締めようとしていたのか、締めなくても良いと思っていたのか。それとも、そもそも締めるように指導されていなかったかもしれないし、はたまた僕が締めなければならなかったのかもしれない。


 特性要因図がある。結果に対して、あらゆる原因を書き出すと魚の骨図のような形になるものである。これはモノづくりの現場で取り入れられている改善推進の手法の一つだ。


 真摯に受け止めて取り組んでいる彼女は、日増しに業務を習得していった。しかし、ケアレスミスが目立つようになった。


「どうしたの? 体の調子でも悪いのかな」

「はい、大丈夫です」


 僕は女の子である彼女を心配した。男の僕には女性の体調や心の不調のことは分からない。


「ちゃんと眠れてる?」

「十二時までには眠るようにしています」

「そう」


 僕はそれなら心配ないと思った。精神科医でもないので、眠れていれば単純に問題ないと考えてしまう。まだ若い僕たちならそれだけで十分な筈だった。


「それじゃあ、また原因の分析をしてね」

「はい」


 彼女は何か不満そうな表情をした。しかし、僕はそれを無視する。不満なのは当然だ。特性要因図を書く作業なんて面白い筈がない。それでも毎日、それをしてもらった。失敗をする度に必ず行う。それが新入社員を育てることだ。


 試作の航空機部品の図面から、ターニングセンタで加工するプログラムを作った。僕にはやるべきことが多い。計画通りに作業を進めないと、事業そのものが遅れてしまう。僕一人の責任では済まされないことになる。今のところ問題はない。彼女もそれが分かっていて頑張ってくれていた。

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