12 危険予知
「そろそろ行こうか。始業十分前」
「はいっ」
勢いよく彼女は立ち上がった。小さい靴が蹴上がって、華奢な脚が僕の目に晒される。太腿からふくらはぎが細く真っ直ぐに伸びている。脂肪も筋肉もあまりない体型をしているのが、作業服の上からでも分かった。だから、こんなので菩提重工でやっていけるのかと心配になった。
工場の入り口で勤怠管理のタイムレコーダーに社員証をかざすと出勤が確認された。昨日は出張扱いになっていた。今日からの三日間は実験センターの出勤になる。
昨日の機械のところまで行くと、背面を覆っていたカバーが取り外されていた。僕たちの作業を容易に出来るようにしてくれていたのだ。
「おはようございます」
彼女が野山係長を目敏く見付けて挨拶した。
「おはよう。二人とも朝礼に参加してくれ。KYKを実施する」
危険予知活動は職場や作業現場で作業開始前に、そこに潜む危険要因とそれによって引き起こされる危険現象を話し合い考え合い分かり合う。お互いに情報を共有し合って事故を回避するものである。
一つ一つの危険個所に指差し呼称をする活動に、彼女は新しいものを見る目で輝かせていた。
「武鎧さんは、何かあるかね」
野山係長が朝礼で並んでいる順番に振ってきた。
「はい。機械が稼働して体が挟まれる」
係長は聞きながら、うんうんと頷いている。しかし、他の全員は首を捻っていた。事故機はもとより動かない状態で、稼働することはない。作業をしていてその危険性はなかった。しかし、危険予知に間違いの答えはない。そして、最終の行動目標は、次のようになった。
「分解をするときは整理整頓して足元を確保しよう、ヨシ!」
朝礼後、彼女と二人きりになった。やはり誰も手伝ってはくれないようだ。諦めが悪い僕はゆるゆると仕事に取り掛かった。取り敢えずは彼女に修理に必要な工具の名前を教えよう。レンチとスパナ、それにラチェットハンドルくらいは必須だな。その間彼女はずっと手帳に何かを書いている。覗いてみると、細かい文字と絵がびっしりと埋まっている。これまでに僕が説明した内容なのだろう。
ケーブルベアの両端を固定している取付金具のボルトを外すことから始めた。
「きららちゃん、これで金具のところのボルトを外してよ」
僕はその箇所を指さして、六角レンチを手渡した。
「はい」と言って、少し考えている表情をした。レンチをどのように使うのか悩んでいるのだろうか。キャップボルトなのだから、六角穴にレンチを差し込んで回せば良い。
「どこの電気を止めましょうか?」
「電気?」
彼女は至って真剣に質問している。ふざけている様子はなかった。
「はい、電気のスイッチ」
僕の頭の中で、電気のスイッチから連想して、ボルト・金具・外すという単語が浮かんだ。
「あのね、ボルトと言ってもボルトアンペアのボルトじゃないんだよ。機械屋ではボルトナットのことで、部品と部品を締め付けるもののことだよ」
「あぁ、ねじのことですね」
そう言いながら、彼女はレンチをボルトの頭の穴に突っ込んで回している。