ダイヤモンド最強伝説
ダイヤモンドと聞くとどのようなことを想像しますか?
高価で美しい宝石でしょうか?
それとも世界一硬い物質でしょうか?
「ダイヤモンドは永遠の輝き」と言うのはどこかの宝飾店のキャッチコピーだったと思いますが、ダイヤモンドの特異な物性をよく表しています。
硬いから簡単には傷がつかない。
金属のように錆びることもない。
融点は3550℃で高熱でも融解しない。
酸などの薬品にも溶けない。
透明で屈折率が高いので、光を複雑に屈折反射することで光輝く。
宝石としてだけでなく、その特性を利用してダイヤモンドカッターとかダイヤモンドやすりなど工業にも使用されています。
実在する技術としては粉末状の小さなダイヤモンドを工業利用することが多いですが、がフィクションの世界になるともっと派手にダイヤモンドを活用する作品が色々とあります。
ダイヤモンドの弾丸、ダイヤモンドのナイフ、ダイヤモンドの装甲、人体の一部あるいは全身をダイヤモンドに変える異能。
思い当たる作品はありますか?
多くの作品ではダイヤモンドをモース硬度10の世界で最も硬い物質として扱い、攻撃に用いればどれほど強固な守りも破壊し、防御に用いればどんな攻撃も跳ね返す。
そのようなイメージでで扱われることが多いのではないでしょうか。
しかし、実際のダイヤモンドはそこまで最強でも万能でもありません。
例えば、ダイヤモンドの弾丸。
硬いダイヤモンドを銃弾として使用すれば、どんなものでも貫く最強の弾丸ができると思うかもしれません。
実際、相手の装甲を貫く徹甲弾などは、敵装甲よりも硬い弾丸をぶち当てて装甲を破壊するという発想で作られたものもあります。
しかし、硬いだけでは不十分なのです。
必要なのは運動エネルギー。つまり速度と質量が大きいほど破壊力が上がるのです。
この点、ダイヤモンドは不利です。ダイヤモンドの比重は3.52。鉄の比重は7.85。鉛なら11.35。劣化ウラン弾に使われるウランならば18.95です。
ダイヤモンドは金属に比べて圧倒的に軽いのです。
いくら硬くても、運動エネルギーが低ければ威力は出ません。
軽いならばその分速度を上げればよいと考えるかもしれませんが、同じ速度ならば重い金属の弾の方が威力は上がるのです。
同じ重さの弾丸ならば、密度の高い金属製の方が小さく作れます。小さい弾の方が力が一点に集中するし、空気抵抗も減るので速度の面でも有利になります。
弾丸をダイヤモンドで作るメリットはほとんどないのです。
同様の理由で、鈍器をダイヤモンドで作っても威力は上がりません。鈍器は固さではなく重さで攻撃する武器です。
それでは、ダイヤモンド製の刃物ならばどうでしょう?
残念ながら、刃物の切れ味は硬さで決まるものではありません。
もちろん、硬い方が使っていて摩耗しにくいでしょうが、切れ味が良くなるわけではありません。
例えば、セラミック製の包丁というものがあります。セラミックは鉄よりも硬いので、普通の砥石では研ぐこともできません。
しかし、鉄より硬い包丁だからと言って、何でもスパスパ切れるわけではありません。むしろ、硬い分脆いので、下手に硬いものを切ろうとすると刃が欠けることもあるそうです。
ダイヤモンド製ならば絶対に壊れないなどと考えてはいけません。鋭い切れ味を出すために薄くなった刃先は構造的に横からの力に弱くなります。
よく切れる薄い剃刀の刃は、硬い鋼鉄製であっても指で曲げれば折れます。同様に、たとえ硬いダイヤモンド製であっても、薄くてよく切れる刃は簡単に砕けます。
さて、ダイヤモンド製の武器を作ったからと言ってもそれだけで強くならないことを示しましたが、防具の方はどうでしょう。
ダイヤモンドが金属よりも軽いということは、人が身に着ける防具を作るには有利に働きます。硬いから刃物でひっかいたくらいでは傷もつかないでしょう。
しかし、ここで注意しなければならないことは、「ダイヤモンドは破壊不可能な物質ではない」ということです。
ダイヤモンドを切断することのできるダイヤモンドカッターが開発される以前からダイヤモンドを加工する技術はありました。
鉱物には劈開という特定の方向に割れやすい性質を持つものがあります。ダイヤモンドもこの性質を持っていて、衝撃を与えれば劈開の面に沿って奇麗に割れるのです。
なお、劈開はダイヤモンドを割る唯一の手段というわけでもないし、劈開を利用して割るために精密に位置や角度を狙う必要はありません。宝石としてカットするのならば狙った形になるように慎重に割る必要がありますが、ただ割るだけならば劈開面にそって割れる方向に衝撃が伝わればよいので、多少雑でも問題ありません。
また、完全無欠な結晶はないので、ちょっとした傷やクラック、結晶の欠陥などがあれば、衝撃によってそこから劈開面に沿ってひび割れが広がり、大きく割れることになります。
つまり、適当に叩けばダイヤモンドは割れるのです。
硬い鎧に対しては鈍器で叩く攻撃が有効ですが、ダイヤモンドの鎧ならばガンガン叩けば砕けます。
モース硬度と言うのは、ひっかいて傷がつかないという種類の硬さです。靭性と呼ばれる破壊に対する強さではダイヤモンドはルビーやサファイアよりも下です。
ダイヤモンドの硬さは、擦り合わせたりゆっくりと力をかけた場合には非常に強固なのですが、瞬間的な衝撃に対しては脆い面があります。この点も、弾丸として使えない理由の一つです。
また、融点は高いのですが、高温下では結晶が不安定になってグラファイトに変化するとか、炭素でできているので酸素が多い環境では燃えるとかいう話もあります。
ダイヤモンドを破壊する方法は、実は色々とあります。
ダイヤモンドを破壊不可能な物質扱いしている物語を見ると、突っ込みどころは多いです。
全身ダイヤモンドで覆われた硬い敵を苦労して倒すなどという話も、ダイヤモンドなんてハンマーでガンガン叩けば割れるんだよなぁと考えると微妙な気分になります。
それに、総ダイヤモンド製のゴーレムとか、全身をダイヤモンドに変えてしまう能力とかって、どうやって動いていると思います? 硬いダイヤモンドでは関節が曲がりません。
ダイヤモンドは熱伝導率が銅よりも高いので、ダイヤモンド製の鎧を火であぶると中の人が火傷するとかありそうです。
フィクション作品の設定にいちゃもん付けるのは無粋ではありますが、ダイヤモンドの誤ったイメージを助長しているのもそういった作品だと思います。
架空の物語の中の話とはいえ、たまにはちゃんとダイヤモンドの物性を考慮した作品があっても良いと思うのです。




