第陸話 運命的な出会い
『キャラが生きてる』って大事なことだよね
「ほらねえ、言ったでしょう、こっちの道が正解だった」
「最後だけだろ、それまでは全部俺の言った道が正しかった」
「そもそもの話、穴から抜ければよかったのよ。貴方が律儀に“道があるんだったらそっち通らなきゃ損だろ、こんな薄汚い穴を通る奴の気が知れない”とか言うから遠回りする羽目になったの、付き合わされた身にもなりなさいよ」
「ぐっ、今はそれどころじゃないっすよ。ほら」
次に“マントラ”へやって来たのは何やら来る道で揉めたらしい二人組の男女であった。
「このボンクラのせいで到着が遅れてしまったけど「おい」
――貴方達が侵入者で合っているかしら?」
見た目の割に貫禄のある少女が問いかける。その言葉には裏が感じられず、敵なら葬り、そうでなければまた本物の敵を探す、それだけの簡単な質問であった。
「偶々通りがかっただけさ。少々の戦闘はあったけど、君らの敵は無事にここを去っていったよ。安心して、僕らは君達の味方だ」
キヌガサはジャック達の威圧を伴った問いかけに対して語弊がないように状況の説明をする。
「相方の方は違うようだけど?」
少女が言う相方とはアーシュラのことであろう。アーシュラには昔から悪い癖があった。その癖のせいで何度も“サツ”の世話になったしスラムでも要注意人物として警戒されたりもした。
“強い奴を見つけたら噛みつかずにはいられない”、これこそが彼の悪い癖、もしくは習性であった。
キヌガサが少女の言葉でアーシュラのことを思い出した時には既に、事態を収集するには遅く、戦闘は始まっていた。
「(ドウィィィィィーー)」
「TWeeeeeeeeeee!!」
「(すぅうぃいいぃい〜〜)」
「「「((滅却))」」」
交差された両の腕から高密度のエネルギー体が発生し、赤い力と青い力の合わさった紫電色の力が空間を包み込んだ。
エネルギー体は周囲の物質を悉く消滅させながら空間を侵食していく。
ジャックはエネルギー体と少女の間に身体を割り込ませ、自らの魔法で創り出した剣を振るった。
『ブレイク』
エネルギー体は再び赤と青の力に分裂し、そして消え失せた。
その光景にアーシュラは歓喜を伴った身震いをした。強さへの執着も彼の本能である。
一方ジャックは剣の鋒で確かな手ごたえを感じ、今のが自分達を傷つけるために向けられた攻撃であると確信した。
「やっぱりお前ら敵じゃねえか」
「ねえ、キヌガサ。彼強いね……少し遊ぶね!!」
普段はまだ本能を抑えているのだが、小鬼と融合し真の姿となった今のアーシュラは本能に身を捧げ、聞く耳すら持たない。
「……手加減するんだよ」
キヌガサは仕方なく許可を出す。本能に忠実となったアーシュラは止められない。それはキヌガサが彼と過ごしてきた経験則であり、同様に確からしかった。
許可を得たアーシュラはジャックへと高速で近づき目前で停止する。
「ここだと邪魔が入るからあっちでヤろう!」
その勢いでジャックの襟元を掴みキヌガサ達の元から走り去る。
「ん?え!ちょっ、おい!!」
ジャックはなされるがままに空中に放り投げられ、体勢を立て直しながら地面に着地する――瞬間、アーシュラの振り上げられた拳はジャックの顔面の直ぐ横まで迫っていた。
ジャックはそれを魔剣でギリギリ防ぎ、続く二度目の追撃も剣で受け切った。
「僕の攻撃に三度目は無いんだ。始まったら終わりがある、終わったらそこで終わり。」
ジャックの魔剣が音もなく崩れ、塵すらも残さず手元から消えた。
更にアーシュラの左手、アーが取り憑いた方の手からジャックの魔剣が出現する。
「終わりの次は始まり。新しい一度目の始まり。
『ブレイク・D.C.』」
自分の技と全く同じ技。いや、それどころか少し魔力が濃くなっている。その事実に気をとられジャックの反応が少し遅れる。
闘い慣れしているアーシュラがそれを見逃す筈もなく、振りかざされた魔剣から放たれた閃光が、数十の光線へと分裂、結合を繰り返しながらジャックの胴体へと命中する。
光に肉を裂かれ、骨を焼かれ、悶え苦しむジャックにアーシュラは笑いながら追撃を繰り返す。
「ねぇ〜、もっと本気でやってよ。僕まだまだ遊びたんな〜い、ほらっ!寝たふりしてないでさ〜〜!!」
完全にイカれている。魔法を躊躇なく他人に向けること、躊躇なく人を殺そうとしていること、動けなくなった人間への確実にオーバーキルな攻撃を止めないこと。そう思うジャックはどうしてこんな奴と自分が出会ってしまったのかと悲劇を呪った。
だが、ジャックにはただ一つ、どうしても許せないことがあった。
「……闘いが遊びだって…言ったのか?」
重い身体を強引に持ち上げ、アーシュラを睨みつけるその目には確固たる意志があった。
「うん?そうだよ。僕の本能がそう告げているんだよね、弱肉強食の世界っていうの?研鑽を積むことを止めるなってね。いづれ僕とキヌガサはこの世界で強者になるんだ。」
アーシュラは嬉々として笑っている。一先ずが悪を皆殺しにして自分も命の果たし合いを楽しむ。彼がレンジャーの資格を受け取りに来たのはその研鑽の為であった。
「ふざ…けんじゃねえぞ……!お前は誰かを救いたくて必死にもがいてる奴の命をかけた闘いも…闘いたくもないのに戦場に駆り出された可哀想な奴らの決死の闘いも…全部同じ遊びだって言うのか?クソがっ!自分勝手なこと言いやがって……研鑽だとか本能だとか無責任な言葉を使うんじゃねえよ!
お前がどんな過去を背負ってるかは知らねえ。でもな、俺が、俺たちが、現在に抗う勇気ある人間の、その闘いを侮辱する奴を決して許さねえ!」
その瞬間、ジャックの腕輪が虹色に輝く。
「お前は敵だ」
『変身』
ジャックに付けられた生々しい無数の傷跡が光の小さな粒となって空中に霧散してゆく。
アーシュラはそれを見て一足に距離をとった。アーシュラの本能がこれはマズイと脳に司令を出したのだ。これは単なる治癒能力か、それとも幻影か、不気味な能力に思考が追いつかない。目の前の男から感じられる魔力はそれまでの彼の力と似て非なるものであった。
この力もしかして……
アーシュラがある可能性を思い浮かべた直後、相手は自らその真実を打ち明けてきた。
「『時間積差』それが俺の能力だ」
最悪である。正しかった。アーシュラが感じた力の正体は疑うべくもなくその言葉に相応しいだけの魔力を秘めていた。どちらかが死ぬ。その可能性は捨てられない程ジャックの力は濃くて深い。考えが事実となりアーシュラが本能故の畏れを抱く。何年ぶりだろうか、この感情は。
「そうか、時間に手をかけたんだね」
「歯ぁ食いしばれよ」
ジャックの胸にかけられた懐中時計の分針が三周分回転するのが見える。何か仕掛けて来たことは明らかだった。何をされたかアーシュラは周りの変化を逐一観察する。すると、一つの違和感を感じた。
「……え?」
アーシュラは全身から激しい痛みを感じたのだ。それも複数、高音の光で焼き裂かれたような痛みを。身体を確認すると無数の傷が身体中を駆け巡っていた。
「アアアアアアァァァ!!!」
地に膝をつけ、激痛に耐えながらも、考察する。自分を傷つけたその力にアーシュラは見覚えがあった。間違いなくジャックの『ブレイク』である。だがいつ攻撃を許したのか。
「あの時、あのタイミングで、こう行動しとけば良かったな〜って思ったことあるだろ?俺だってあるさ。“学校に遅刻しちまう〜、あと三分あれば間に合ったのに〜”ってな。
でも過ぎ去ってしまった時間は戻ってこないんだ。これは仕方ねえ。過去ってのはそれまで自分が経験した時間の積み重ねなんだからよ。
でもよ、その過去の時間と釣り合うものが一つあるよな〜。未来の時間だよ。」
ジャックは起き上がろうとするアーシュラの脚を斬りそれを阻止する。
「だから俺は過去に戻って、未来から得た三分で避けきれなかった筈のお前の攻撃を全て避けたし、余った時間でお前に『ブレイク』を浴びせて帰ってきた。簡潔に表現すると、未来の俺の時間を犠牲にする代わりに、過去の俺の一つ一つの動作に余裕を持たせるってことだ。余裕があったからお前を斬れた。過去のお前、滅茶苦茶鈍かったぜ。」
段々とジャックの身体が透け始める。
「おっと、もう時間か……これから先の三分間、俺は未来にいちゃいけねえ……だから少し消えるぜ、それまで生きていたらまた会おう……そん時はもう一回ズタボロにしてやるよ……覚悟しな……」
そう言ってジャックの姿は空気と融合するように完全に消えた。
「『時間積差・D……」
一人未来に取り残されたアーシュラは何かを言おうとしてそのまま気を失った。
◆◆◆キヌガサと少女
「あら、私たち取り残されたわね。貴方は加勢に行かなくていいの?あのお嬢ちゃん一人じゃあきっと身がもたないわよ。」
「必要無いさ、私は何もしない。そう、君にも危害を加えたりはしない。ただあの子の気が済むまでここで待つだけさ。あと、アーシュラは男の子だよ。」
豪傑の少女を目の前にしてこの高飛車な発言。少女は明らかに怪訝そうな顔をする。
「あら?随分と舐められたものね。貴方の目には私は弱く映っているのかしら?私そんなに気が長い方じゃあ無いのよ、キノコ眼鏡君。ソテーにでもして食ってやろうかしら」
そうして少女は罰の悪そうな顔をする。挑発しているつもりだろうが汚濁は煽りに滅法強い。実際キヌガサはやれやれという風にジェスチャーを加えながら言葉を返す。
「節穴なのはどちらの目かな?君の目には僕の見た目がそんなに美味しそうに映ったのかい?見た目に似合わず食に対してチャレンジャーなのかな?因みに訂正しておくと、僕の名はキノコ眼鏡ではなくキヌガサだよ。丁度良い、自己紹介といこう。君の名前も聞かせて貰えるかい?」
少女はあっさり返される言葉に苛立ちを隠せない。だが最期の質問を受けた時、鳩が豆鉄砲を食らったかの様に目を丸くする。キヌガサ発言が予想外だったのであろう。
「名前ねぇ、“あの人”は私のことをガラテアって呼んでたけど、実のところ私に名前なんて存在しない。でも確かに私という人間はここに存在している。それで充分じゃないかしら?」
キヌガサはフムと顎に手を置く。一瞬迷って何かを閃いたようである。
「そうか、なら君は名前が無いから零の名前でレイナというのはどうだろう?良い名前だろう?」
「あら、良い名前ねえ」
そう言いながら少女もといレイナは地面を蹴り第捌の悪魔を葬り去った時と同じ拳をキノコへと叩き込む。
「気に入らなかったのかい?」
悪魔ならジェル状にまで粉砕される威力の一撃が何故か彼の前では全く無力であった。
「ああ、何故君の拳が無効化されたか気になっているんだね。良いよ教えてあげる」
そうしてキヌガサは指で自分の皮膚なのかも分からない表面をなぞり、引っ張る。
「僕の身体に生える茸には物理の分野で評価の高い遺伝子改良型ポリマンタゴ茸を使用していてね、衝撃吸収率が99パーセントを超えるんだ。良い素材だろう。君の一撃も全く痛くない」
そしてキヌガサはポケットに入れていた胞子袋を取り出し、粘膜とともに空中へと散布した。舞った胞子がキラキラと空間を照らす。そしてキヌガサの身体が溶けるように消えてゆく。ジャックとはまた違う歪な消え方である。
空中の何処からかレイナに向けてキヌガサの声が呼びかける。
「今のは光学ノボグ茸の胞子さ。それに僕が調合した相互作用を起こす特殊粘膜と混ぜ合わせ、空気中の末端炭素と掛け合わされることでこの通り、僕の姿を消すことは勿論、プロジェクター代わりに僕の姿も投影することを可能にしたんだ。
これで君は僕に触れることはおろか、仮に運良く触れても僕はダメージすら負わない。
だけど何度も言うけど僕は本当に君を襲うつもりは無い。君もアーシュラが満足するまで待っていてくれればそれで良いんだ。彼が傷つけた子達はみんな僕が治療する。信じてくれ」
木霊する声に方向など無いのだが、レイナはキヌガサが隠れている方向へと振り返り見えない筈のキヌガサを睨みつける。
「視覚で捉えるのなんて考え方が古いのよ。それと、やっぱり貴方ムカつくから、ソテーにして傷ついたジャックに食べさせてやるとするわ。多少部位が欠けても貴方なら生きれるでしょう?」
悪魔の様な笑いで、レイナは左の掌を広げ高く上げる。
「来なさい『黄金鳥』」
彼女がそう告げると、“マントラ”の空間全てに鳴き声を木霊させながら一羽の鳥がシルエットを現す。
突如現れた火で形作られた怪鳥が吟選華の会場を炎で溶かし破壊しながらレイナの左腕へと降り立った。
「今分かったわ。これが私の装甲だったのね。」
『変身』
『七大罪武具』
『第一の型憤怒』
その姿はジャックやピエロ、アンダック達とは異なり片腕が紅く燃え滾る異形の姿をしていた。どちらかといえばアーシュラに近いのかも知れない。
『炎帝』
その一言で半径五十メートル、その全てがマグマが流動する地獄絵図へと変わる。レイナの手から放出された炎が周囲の物質の融点を軽く凌駕し、固体の残らない世界を創りあげたのだった。
だが、例の男、キヌガサは長年の研究の成果で耐熱性を極めた衣を身に纏っていた為なんとか融解を免れ耐えていた。しかしギリギリの状態であることは変わらなかった。
『寄生』
レイナは炎の中キヌガサを探していたが、見つけることは叶わなず途中でレイナ本体は気を失った。
原因はやっとの力を振り絞り魔法を発動したキヌガサであった。先に胞子を空中へ散布した際、一緒に自らの寄生因胞子を大量にばら撒いていたのだ。その胞子をレイナの頭に植え込み、身体の主導権を剥奪した。
「炎を止めるんだ」
こうして“マントラ”内の炎は全て消えたわけだがこの勝負はキヌガサの心に大きな傷を植え付けた。
「それより、アーシュラは巻き込まれてないかな?ああっ!気絶してるっ、は、はやく手当てしないと!」
これが、何とも彼らに相応しい波乱万丈で運命的な彼らのファーストコンタクトであった。
◆◆◆
“マントラ”の真の侵入者である両腕の無い『重渦』と片腕を失った『絶剣』の二人は夜のパリ、人混み外れた道を一般の人間の目には残像に映るだろうスピードで駆け抜けている最中であった。
だが、途中で足を止める。
「ここまで追ってくるとはな、ネクロマンサー」
そこに後から背後をつけていた一人の男が闇の浮かぶパリの空から颯爽と降り立った。
「傷を負わされた君達など滅多に見られるもんじゃあない。折角だ、エンターテイメントのついでに君らの命も頂戴することにした」
そしてもう一人そこに現れる謎の男。いや、見た目は140センチにも満たない子供のようである。
「ピエロさんごめんだけど二人は殺させないよ。彼らはキチンと任務を全うしくれた。生きて帰ってパーティーしなきゃさ。
あと二人共早くしてよ、今ママとショッピング中なんだ、急がないと叱られちゃう」
見た目こそ少年だが明らかにそのオーラは常人のそれとは異なる。底が知れない凄みを持っている。
「おやおや、『重渦』『絶剣』に続き『幻遊』までおわすとは……いくら手負いとはいえ、三人相手では私もタダでは済むまい。だが今はその時ではない……ここは一旦引くとしよう」
「話しが早くて助かるよ」
少年の無垢で無邪気な笑顔の後、一人のピエロと三人の闇人は今までの殺気立った会話が嘘だったかのようにパリの闇夜へ姿を眩ました。
◆◆◆
とある組織のとある部屋
「ただ今帰還致しました。」
「うん、お帰り。よく頑張ってくれたね、疲れただろうが最後の仕事だ。早速だが聞かせておくれ、魔王の置き土産を」
◆◆◆
ネメジス機構本部最高司令官控え室
扉をノックし入ってきたのは本部の諜報部隊員。本部、支部含め、その全ての情報を握る部隊の一隊員が跪きながら緊迫した面持ちでその先にいる存在へと向かって電報を読み上げる。
「ただ今、第一支部破郷界、第三支部吟選華及び第五支部惰満寺への敵襲を確認。各支部長へ掃討命令及び援軍要請の許可を頂いたきたいとのことです」
「……良い。下がり給え」
「は!」
この者こそレンジャー機構ネメジスの創始者であり、最高司令官でもある生きる伝説マーク・カーティスその人であった。そして彼はこの瞬間、波乱の予兆を含む世界の動きを見極めていた。
「……遂に動くのだな……帝王よ」
正しく今、世界は動き出そうとしていた。
盛り込み過ぎた!
なす