私が異世界トリップして帰ってくるまでのお話。
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『ねえねえ』
ずっと隣で寝転がっていた相方が、こちらへ向かって話かけてきた。どうやらいつまでも寝転がっているのはつまらなくなったらしい。
『なに?』
仕方なく目を開けて隣を見れば、にっこりと満面の笑みを浮かべて、あのね、と続きを口にした。
『ここ、なにもなくて本当につまらないじゃない? だからまた面白いことしようよ』
『……いいけど、僕たちここから出られないのに? もうおもちゃも飽きちゃったじゃん。騒ぐとあいつがうるさいし』
『静かにできることよ。何でもできるけど何もできない私たちだからできる遊び』
言い方が遠回しで、やけに引っ張られる。そんな言われ方だと聞きたくなってくるじゃないか。
こっちのこういう性格を知ってるからそんな言い回しをしてるんだろうけど、もう興味がでてきてしまったから聞かずにはおれない。
『どんな遊びなの?』
『あのね、……………………………………』
得意げに、耳元に口を寄せてヒソヒソと囁かれた『遊び』は、確かに刺激的で話題が事欠かなそうで、面白そうだった。
お互いを見交わして、にしし、とどちらともなく笑った。
『いいね、楽しそう』
『でしょう? もし成功したら、私たちももっと楽しいことができるし』
『そうだね。やろうか!』
『やろうやろう!』
決まったら早い、さっそく準備に入った。
といってもやることなんて頭に思い描きながら相方と手を繋いで、こんなふうになあれ、て願うだけだ。すごく簡単。
あっという間に終わっちゃった。
でも、コレはこれから始まることの準備だから、速く終わったってかまわない。
願った時に周りがなにか変化したようだけど、なにが変わったのかはわからない。たぶん光ったりしてると思うんだけど、周りが全部白いから目にみえなくてよくわからない。
でも、ちゃんと成功したことはわかる。
『成功だね』
『うまくいったね』
笑い合って、うまくいったことに喜んだ。これでしばらくは退屈しないね、て。
でも相方が、『あ、あいつ来た』と言って顔を歪めたから「楽しいこと」を見せないために、二人で隠した。
来る、と呟いた少し後に、ボコボコッと黒い塊が現れた。白い地面に奇妙な形の黒い土人形が作られて、丸い手で自分の頭を掻く仕草を見せる。
「お前ら、また遊び道具創ったな? あんまりそういうことに力使うなって言ってんだろ。貴重な力なのに」
『じゃあ、ここから出してよ! お外で遊びたい!』
『遊びたい!』
人形からの声に、ついムッとして言い返した。
だってここは退屈だ。自分たちで何か思いつかないとなんにもすることがない。熱くも寒くもないし、辛いわけでもない、苦しくもない、そして楽しくもない。とても、退屈。死んでしまってもいいくらいに。
「それは駄目だ。いいから大人しくしてろ、力の無駄遣いはやめろよ」
それだけ言うと土人形はバラバラに砕けてただの土になった、そして白い地面に溶けて消えていく。
ほら、やっぱりこっちの願いは聞いてくれない。なのにあっちは「言うこと聞け」と言ってくる。こういうのを理不尽ていうんだ、あいつが言ってた。
だから内緒で遊ぶんだよ。こっそりやった方があいつにバレるかもしれないってはらはらできるしね。
『バレてない』
しめしめと思って相方に向き直ったら、同じような顔で頷いてくれた。
『どうなるかな?』
『見つけてくれるかな?』
『そしたら連れてってもらおう』
『外で遊ばせてもらおう』
始まったばかりの「遊び」の結末が早く知りたくて、わくわくしながら二人で待った。外に行ったらあんなことやこんなことをしたい、と思いつくことを話合う。
『ただ待っててもつまらないね、経過を見ながら過ごそうよ』
『いいね。どんなことするか見たい!』
キラキラさせた目で賛成を叫んで、手に出した器に水をはって外が視たいと願う。そうすると徐々に水に色がついて、誰かが映った。
それは女の人で、大人だ。忙しく動き回っていた。
『うまくいった』
『なにしてるんだろう?』
成功したことに二人で喜んで、映った人の行動を観察した。
すっごく忙しそうに動いてるのに、たまに止まって泣いてた。なんでだろう。
でもすぐまた動き回って、なんでかわからないけどいらないだろうというようなものをいっぱい拾っていた。
『なんであんなのいるんだろうね?』
『変だね? でも変な人だけど、楽しいね!』
『うん、そうだね!』
不思議だけど、深く考えたりはしない。楽しければそれでいいから。
でもずっと見てたらその人はしばらく寝て、また起きて、同じことを繰り返してるだけだった。十回も繰り返されると飽きて来た。
『つまんないね』
『つまんないね』
二人でまた退屈になってしまったことを理解して、ふう、と息が出た。
女の人は動いてたけど、もう水をみるのはやめた。
だから気づかなかった。
――ボコッ。
「え、なにこれ白!? あ、ひょっとして塩? ……ベッ、違かったや、砂か。……ん?」
『『……ええ!?』』
突然一か所に穴が空いて、そこから手が出て来た。
そして聞こえたあの人形より高い声。
びっくりしすぎて、二人とも最初以降何も反応できなかった。
その間に、穴はどんどん手で広げられて、顔が出せるくらいまで大きくなった。
そしてそこから中を覗き込んできたのは、さっきまで二人で観察してた女の人の顔だった。
女の人は覗いた中に誰かいたのがびっくりしたみたいで、ビクンッと体を一回震わせた。
でも、何も言ってこなかった。
『『「…………………え?」』』
三人でそれだけ呟いていた。
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「………………は?」
最初に出た声は、素っ頓狂なものだった。
だって何がなんだかわからない。私はただコンビニでお菓子でも買うかと住宅街を歩いていた途中だっただけだ。
それ以外はなにも考えてない。いや、夕飯のことくらいは考えてたけど。
なのに……。
一瞬、眩暈のようなくらりとした感覚が襲って視界がブラックアウトした。
よろめいて立ち止まり、頭を押さえたころにはもう眩暈は消えてていつも通りの体調に戻ってた。風邪でも引いちゃったのかと疑問に思いながら再び歩き出そうとした足は、その先に踏み出すことができなかった。
コンクリートが形成した人工物で囲まれていた光景が、眩暈のあったほんの一瞬にして、木と草ばかりの鬱蒼とした森の景色に変わってしまっていた。
こういう時、どんな反応が正しいのだろう。
でも一つ漠然と頭に浮かんだのは、これ帰れないやつだ、という混乱を極めて逆に冷静になった台詞だった。
「なに……ここ………。え、だって、今コンビニ……に…」
言葉にならなくて、喋ろうとした口ははくはくと無音で開閉するだけだった。
これは何かの夢? ひょっとして眩暈のした拍子に本当は倒れてしまって夢を見ているのだろうか?
それならいきなり森に放り込まれてもまだ理解できる。夢ならなにを見たって目が覚めたら元通りだもん。
夢か。
夢だ。
そうに決まってる。じゃなきゃ在り得ない。
だって、本当に何もないんだもん。
恐いくらい―――夢なのにすごく怖く感じる―――鬱蒼とした森なんだもの。
「なんなのよ……夢ならもっと、楽しいものにしてよ…………」
人の手なんか入った様子のない、伸びまくり生えまくりな植物と耳に届く奇妙な動物らしきものの遠吠え。
薄暗いのは曇りなのか、夜明け前だからか、夕暮れなのか、その判断もできない。
あまりにも唐突過ぎるトリップ現象に、私の脳みそは理解することを全面拒否して働いてくれない。
何時間経っても目覚める様子のない自分にこれは現実なんだとじわじわ理解し、家族や友達にもう会えない可能性に不安を覚えて泣いた。
サバイバル技術など素人知識しかないために何日も食べ物を得られないことに嘆いた。
もう吹っ切れて住処を造ろう、食べ物を取って来ようと行動したことでできた怪我に治療もままならないせいで何度も苦しんだ。
気づけば幾日経っていたのかわからなかった。
雨風をしのげる家を完成させ、食べ物を得る手段を学び、不安をかきたてる森の中を闊歩できる胆力を身に着けた頃にはターザン一歩手前のような状態になっていた。
最近になってつけ始めたカレンダーは今日で半年を示している。たぶんもっとここで過ごしてるけど気にしてもしょうがない。結局は帰れていない年月が増えるだけだから悲しくなるだけ。
ターザン化しても元の場所に帰る希望は捨ててない、それを捨てたらここで生活することすら諦めてしまうから。
何時か帰ることを胸に刻んで、今日も生きるために狩りへ出かけた。
ある日狩りを終えていつもの通りに森を探索して回っていると、普段と違う場所を見つけた。
木ばかりがうじゃうじゃしている森の中に大きな石が集まっている場所だった。
不自然に綺麗な石だった。風雨で削れたりしていないし、苔むした様子もない。まるで元の世界にいた頃に見た加工された墓石のような綺麗さだ。
とても怪しいのでその石に近づき調べた。どうせ時間は腐るほどある。
すると下の地面が空洞があるのがわかった。動かせそうな小さめの石を引っこ抜いたところすんなり抜けて中に地下空洞があるのが見えたのだ。
しかも土に埋まっていた部分の石は白くなっていて、空洞の中も白かった。
「え、なにこれ白!? あ、ひょっとして塩?」
岩塩を発見したのかも、とちょっと期待して白い部分だけ舐めてみた。
「ベッ! 違かったや、砂か。……ん?」
『ええ!?』
岩塩発見ならずに落ち込んですぐ、中から人の声が聞こえた。しかも複数で、幼い。
まさかと思いつつも無視するのはどうかと躊躇い、確かめるべく穴を広げて中を覗いた。
まさかの、子供がいた。
しかも二人も。
おまけに白い空間に紛れているが背中に羽が生えている。
『『「………………え?」』』
向こうは心底驚いて、私はもう理解出来ない事態に嫌そうに声を出した。
とりあえず穴を広げて中の子供たちを出してやったら、これまたビックリ、ガチの天使姿であった。
ギリシャ神話に出て来そうなビラビラした服と大鷲のような真っ白く大きい翼。唯一天使の輪っかがないのが違うところだ。
無邪気に出られたことを喜ぶ姿は子供のようなのに、話していくうちに大人顔負けの知識はあるし、何やら不思議な力で自分達の願いを叶えられるという能力を持っているのを知り人間じゃないと思えた。
不気味にさえ思えたけど、天使達に誰かに閉じ込められてたので逃げたいとお願いされたため、私の住処に案内して休ませてやった。
可愛らしいと思えるし、自分以外の人(?)がいるのは嬉しい。けど、これ今後どうしよう………………。
前進しない状況の中、不安要素ばかりが増えていった。
天使ズが加わった生活になってからひと月。凝縮された忙しさだった。
天使ズはお互いを「あのね」とか「ねえ」で呼んでいるため名前が無かった。私が呼びにくいために勝手に名づけた。
男女だったので男の子は「アム」、女の子は「イム」とした。
短いしごろがいいから覚えやすいだろうと思う。顔は似てないけど息ぴったりで双子みたいな雰囲気あるし。
彼らは長く生きてるらしいのに人間がやるような生活を送ったことがなかったらしく、何も手伝いができず物を与えれば破壊してばかりの危ない二人だった。
いや、背中に翼がある時点で人間だとは思ってなかったけど、ちょっと酷すぎた。私が一生懸命作ったものをガンガン悪気無く壊していくんだもん。
途中でもう優しく注意するのをやめて拳骨と雷落として懇々と説教漬けにしてわからせたりした。
そこまでしてやっと人のことを理解し始めた二人は、その後は下手くそながらも楽しみながら手伝って一緒に生活を続けていくようになった。
三ヶ月ほど一緒に居て帰るそぶりがないので帰らなくていいのかきいたこともあるけど、二人は「ここにいたい」とはっきり言ったため今や家族同然に、舎人に居て当たり前の存在になっていた。
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アムとイムがやってきて1年が過ぎた。
相変わらず生活域は森の中。快適さばかりが上がって帰る目途は一向にたたない。
ある日、人の感情にも大分共感を覚えた二人は私に衝撃の告白をした。
私をこの世界に引っ張ってきたのは自分たちだという告白と、ごめんなさいという謝罪だった。
人の情や意思を理解して共感したことで自分たちが何をしたのか理解したらしい。
私の人生を狂わせてこんな何も無い場所に放り込んだのは、私を自分たちの近くに呼んで、あの白い空間から助けてもらうためだったらしい。
アムたちの願いを叶える力を欲した者が閉じ込めたあの場所はどうやってか天使ズの拘束に成功していたらしく、力を使えても逃げることはできなかったらしい。だから連れ出して欲しかったのだと二人は語った。
ただ、それだけじゃなく、自分たちを発見するまでの私の行動を観察して楽しんでもいたそうだ。いつバレるかもしれないスリルを味わいながら。
つまりは面白半分で呼んだのだ。人の不幸も何も考えず、自分たちが面白ければいいと思って。
私と過ごすうちにそれが酷いことなんだとわかったので二人は謝罪を口にした。許されないかもしれないと覚悟して。
家族同然となってしまった彼らに私は今までで一番の大声で怒って、拳骨を落として、泣き喚いた。
何てことしてくれた。いつになったら帰れるんだ。帰りたいんだ……と今まで秘めていた思い全部をぶつけてから、許した。
二人はぐずってもそんな私をしっかり見て、逃げずに謝ってくれた。
その後、帰るために必要なことを聞き出して、翌日からその条件を満たすための準備が始まった。
まだまだ帰れそうにないけれど、やっと希望が差し込んできた。
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森の生活が三年を過ぎた頃、ようやくアム達の出した条件をかなえることができた。
簡単にいえば、自分たちを閉じ込めていた者を何とかしてくれというのが私を呼んだ願いだったので、その人をどうにかすべく私は動いた。
獲物を追いつめる時のように痕跡を調べて、跡を追って、隙を狙って。
獣を狩るように追いつめて、アムとイムを捕らえた人たちを捕まえた。
話を聞いてみたら二人に世界征服のための願いを叶えてもらおうとしてたけど言うこと聞かないので音を上げるまで束縛していたらしい。おまけに私が連れ出したからご破算になったもよう。――――脆くね!?計画。
その後にやっと人の国があることを知ったり、国の治安部隊のような人と話すことになったり、この森が侵略不可能と呼ばれる「惑いの森」という生息困難な場所であったことなんかを知った。
そんな危ない場所に私を呼んだ二人へ再び拳骨を落としたのは当然。
その後は国に呼ばれて感謝された。
必要に迫られてたとはいえ、常人の域を超えていたらしい身体能力を買って勧誘されたり森の情報を要求されたりアム達を引き取りたいと要求されたりしたけど全部断って三人で森に帰った。
静かな森の中で今後のことを話合い、元の世界に私を返すことを決めた二人はぼろぼろ泣きながら最後の願いと言ってひとつだけ私に願った。
「「あと一年だけ一緒に暮らして。そしたら絶対に帰すから」」
離れたくない気持ちと、帰してあげたい気持ちがぶつかって出た提案に、私も同じ気持ちだったので喜んで頷いた。
それからの一年間、いつも通りの生活にたまにちょっかいだされながらも穏やかに過ごしていき、別れの時が来た。
二人は約束通り、元の世界へ返してくれた―――。
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「―――そうして私は、地球に帰ってきて元の生活に戻れたのです」
「えー、ウソだあ~」
作り話にしてはリアリティがありすぎる私の話に疑わしいという感情を前面に出している幼い声。あの二人よりももっと幼いチビ助が膝の上で質問を投げてくる。
それを少し離れたところから微笑ましく見守る夫は、「すごいことがあったんだね」と半信半疑の様子で可笑しそう答えた。たぶん作り話だと思ってるんだろうな。べつに信じてほしくて話してるわけじゃないから私は笑うだけで何も言わない。
でもちゃんと、あの時の思い出は残っていて、大事に大事に心にしまってある。
大変だったけど、アムとイムとの三人の生活は確かに楽しかったのだ。約束だって守ってくれた、すごくいい子たち。だから絶対に忘れたりしない。
それに今度は、愛した夫と一緒に本当に最初から愛しい我が子と暮らしていくのだからあの時以上に楽しく過ごしていかなきゃもったいない。
人生なにがあるのか本当にわからない、だからこの子にもいろんな体験させてあげよう。目が回っちゃうくらいに忙しく。
そんな計画を練っているとは知らない我が子は未だに疑わしそうにしている。まっすぐで可愛いなぁ。
「ふふ、ウソだと思う? どうだろうねえ~?」
「おかあさんはあっちにいてたのしかったの?」
「う~ん、楽しかった時もあったよ。でも、疲れたら家に帰りたいでしょ?」
問いかければ、我が子はう~んと考え込んでから理解したようで「そうだね!おなかすくもんね!」と元気に答えた。可笑しくて夫婦で笑った。
ふと時計を見ると10時近い。そろそろ出かける時間だ、この話も終わらせないと。
「だからお母さんも帰って来たのよ。でも本当のこともちゃんとあるのよ?
―――――――そしてそして、帰って来た私は無事に大人になって、こうしてあなたを産んで幸せになりましたとさ。めでたしめでたし」
一気に書いたので話の進み具合が唐突になったりしてしまいました。お見逃しください…。