表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
式紙使い候補生、挑む。  作者: 久々椚
第一章  御符学
9/26

七  男子会(じゃない)

 


 昼食の弁当は、昼休みの開始と同時に配られる。

 四限目後、教室前のテーブルに人数分の弁当と、クラス全員の名前の入った表が用意される。生徒は弁当を取り、表に受領のしるしの印を捺す。


 七松は弁当の列に並び、後ろの生徒となにか喋っている。盛り上がっているらしく、自分の番になってもまだ後ろを向いたままだ。そのままの姿勢で弁当を取ると、指を立てて受領印を捺した。

 七松の指から放たれた淡い光は、テーブルの表へとまっすぐに飛ぶ。


「うお」


 廊下の壁際でそれを見ていた晃一は、思わず唸った。

「ぜんぜん見てなかったぞ。あんなんで捺せるんだ。すごいな」

「七松はねえ、手で見るからね」

 隣の実嶋がこともなげにいう。手で?


「おまたせ」


 七松が弁当を抱えてやってきた。五階だよな? といって、すたすたと先を行く。実嶋がそれに続いた。ふたりを追いながら、晃一はたずねる。


「あの、手で」


 見る、って?


「ん?」

 実嶋が振り向くが、いや、なんでもない、とだけいった。これは、後でゆっくりきいたほうがいい気がする。


 テーブルの脇を通りすがりに、名前の表を覗き込んだ。「七松洋」の名前の横の升目に、止め印がちゃんとおさまっている。きっちりと、正確に。

「阿久都晃一」と「実嶋莞治」の欄にも目を走らせた。受領印はすでに捺してある。四角い升目のちょうど中央に、燃え跡のような褐色の、力強い止め印。ブレのないはっきりとした捺し方だ。誰が捺したんだろう。甲成先生か? だけど――


「甲成先生のじゃないね」

 実嶋がいった。実嶋も受領印をチェックしていたようだ。晃一はうなずく。

「ああ。甲成先生の式はああいうんじゃなくて、たしか、なんてかもっと」

 やわらかい、っていうか。


 ――誰だ?


 考えながら、広い廊下を行く。

 この学校の廊下はやたらと幅広い。教室も、クラスの人数のわりにえらく広いのだが、廊下の横幅はさらにその教室の三倍ほどもある。

 廊下の各教室の前には、大テーブルにベンチや椅子、段差をつけた畳敷きのスペースなどが据えてある。授業やクラブ活動用の施設だが、休み時間には自由に使える。今も、いくつかのテーブルには生徒が集まって、弁当を広げはじめている。


 五角形の校舎の角まで行き、階段を上がる。

 四階から五階への踊り場のあたりから、空気の流れを強く感じた。五階に上がると、急に視界が広がった。


 五階には壁がない。教室もなく、かろうじて業務用リフトの囲いがある以外には、なんの仕切りもない、行き通しの空間だ。支えているのは等間隔に並んだ柱だけで、内側の水庭の吹き抜けにも、外側の学校外部にも、完全に開けている。

 五階の高さから、外に遮るものがない。怖いと感じてもいいようなものなのに、不安がまったくわいてこない。縁ぎりぎりを歩いても、きっとさほど怖くはないはずだ。どうやら式で封じてあって、転がり落ちようにも出られないのだろう。

 ここは体育館であり、講堂でもある、いわば多目的スペースだ。他の階の廊下にあるようなテーブルや畳の間が、ところどころに散らばって置かれているのが見えた。


 そのうちのひとつに目がいった。目が、いったというのか――その異様さにひきつけられた。


 しかも、ひきつけられながら気を逸らさせられる。見えているのに、ちゃんと見えない。


「あれは……」

「あそこだね」


 実嶋がそこへ近づいていく。その背中に


「俺、やめとくわ」


 七松がいった。

「さっき、太郎がさ」

 七松の後ろに並んでいた生徒だ。

「――四階の座敷で食べるつってたから、そっち参加する」

「わかった。じゃ後でね」

 実嶋は引き留めない。七松はすでに踵を返して、階段を下りはじめている。ふたりとも、普段と違うものを感じたらしい。気楽な「男子会」みたいなもんじゃない、なにか特別な話でもあるのか。


 晃一も、七松の後を追って行きたくなった。なんだか鳩尾のあたりがざわざわする。

 実嶋はかまわず、奇妙な場所へと歩いていく。仕方がない。その後について行った。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ