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式紙使い候補生、挑む。  作者: 久々椚
第一章  御符学
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三  開門

 

「あと四分……三分、かな?」


 巨大な木造校舎の前で、実嶋は腕時計と堀の水を交互に眺めている。


「校門、もうすぐ開くね」

「さすがに早すぎたか。ごめん、無駄に早起きさせて」

「いいのいいの」


 なんで謝んのさぁ、と実嶋は笑うが、この時間に登校したいと言い出したのは晃一だ。実嶋の眠そうな顔が気の毒だ。


「今日はありがとう、ついてきてくれて。俺ひとりでも大丈夫なのに」


 たぶん、と続けそうになるのを飲み込んだ。すると実嶋は早口に、


「いや阿久都のこと信用してないってわけじゃないよ? おれも大丈夫だとは思うよ? 阿久都、入りたての編入生ったってスジいいしさ、ほら、瓜篠だって大丈夫っていってたし」


 ――いってたか?


 瓜篠、と聞いて、昨日のことを思い返す。


 瓜篠さん――瓜篠(うりしの)(あきら)は、三回生の総代議だ。晃一の毎日の登下校には、その瓜篠さんか、晃一のクラスの級代議の実嶋の、どちらかが付き添ってくれている。

 昨晩、寮の廊下で実嶋と瓜篠さんをつかまえた。明朝は早めに出たいから付き添いは結構、ひとりで登校する、というと、


「なんで?」


 とふたり同時にいった。タイミングと台詞は同じだが、反応の具合は随分違う。実嶋は大きな体でぴょんと跳び上がり、瓜篠さんは軽く首を傾げるだけ。


「明日、護符ジャーナルの発売日だから、取りに行こうと思って」

「取りに?」実嶋は不思議そうだ。「わざわざ行かなくても。放課後に届くよ、寮に」


 護符ジャーナルは、養成校の生徒に配布される。発売日前日までに各校に送られ、当日の朝に開封されて、そこから寮送りになる。だから発売日の午後には全校生徒の手に渡る。

 しかし。


「発売日に朝イチで事務室に行ったら先に渡してもらえるんだって。待ちきれなくてさ、いつ貰えるのか聞きに行ったら、事務員さんがそういってた……ん、ですよ」


 前半は実嶋に、途中からは瓜篠さんの顔を見ていった。同学年なのに、瓜篠さんにはつい改まった口調になってしまう。

 えーでもぉ、ひとりでってのは、と心配そうな実嶋をよそに、瓜篠さんは


「そうか、じゃあがんばって」


 とだけ言い残すと、すたすたと行ってしまった。


 ――大丈夫、とはいってないよな?


 晃一の無事を瓜篠さんが請け合っていたおぼえはない。


 ともかくも、実嶋がいっしょに来てくれたのは心強い。「ひとりで」とはいったものの、実は不安だった。ここまではまだしも、通学水路の本番は、まだここからで――


「いやあ、慣れないこともしてみるもんだねぇ。いろんな発見があってさ」


 実嶋の言葉に、晃一はほっとした。


「そういってもらえるとうれしいな。すげえ眠そうだからさ、悪いことしたなと思って」

「ぜんぜん悪くないってば。こう、知られざる自分の姿? 欠点っての? そういうのもわかるよね。やっぱり早いと勝手が違うからさあ、おれ、カバン持ってくんの忘れちゃった」


 ――え?


 実嶋の姿をあらためて凝視する。学校指定のバックパックがあるはずの背中に、なにも背負っていない。


 どうりで身軽く見えると思った。実嶋も、なーんか今日は足取り軽い気がしたんだよねぇ、と笑っている。


「いや笑ってる場合じゃなくて。早く取りに戻れよ」

「でもさ、ついとかないとさぁ……」

「さっき信用してるって言ってただろ。おれは大丈夫だから早く」

「えー……だけどさ」

「いいから取りに行けって!」


 もじもじと足踏みしている実嶋の腕を取り、強引に、今来た水路を寮の方へと振り向かせる。そして背中を押すと、実嶋はやっと、えーじゃあ一旦帰んね、ごめんね、と後ずさりはじめた。


 ――ごめんじゃねえ、ごめんはこっちだよ付いてこさせて。


 実嶋は手を振りながら行き、数歩の後に身を翻すと猛ダッシュで駆けだした。のんきな様子だが、内心では焦っていたはずだ。

 実嶋の人の好さにはなごむ。

 なごむが、しかし。


 ――しかし。


 すこしの間、実嶋の背中を見送り、そして校舎へ向き直った。

 足元の水が動くのを感じた。ねっとりとした感触が、ふっと軽くなり、流れが逆向きに変わる。水は堀の方へと流れ込み、ゼリー状に固まっていた堀の水が緩んでいく。水面がほどけて、ぐらっ、と大きく揺れた。

 校舎からチャイムの音が流れた。見た目も成り立ちも特殊な学校だが、チャイムはありがちな、キーンコーンカーンコーン。水の向こうで校門が開いたのだ。

  身構える。耳鳴りに似た響きが迫る。そして、

 

  ――いずこへ

 

  頭の中で声が響いた。

 

「われらがおんふのまなびやへ」


  我らが御符の学舎へ。


 声に答え、襷に手をかざす。手のひらを胸に向けて左右にすばやく振ると、襷の内側から式紙が一枚、ひらりと飛び出し左手の上に立った。


 手の上に立たせることは、もう難しくない。


 式紙を浮かすことも、飛ばすことも、編入試験の日から不意にできるようになった。

 式紙の表面には文字が光っている。


 ――みずみのまもり


 復唱しながら、指で文字をなぞる。護りの式は寮を出るときに立てたから、ここで重ねてやり直す必要はない。だが、念には念だ。

 式紙を襷に戻し、大きく深呼吸をして、ぽん、と地を蹴った。ばしゃん、と足から堀に飛び込んだ。



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