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式紙使い候補生、挑む。  作者: 久々椚
第一章  御符学
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二  五年前の春、一年前の秋

 

 式紙 (しき-かみ)  紙製の護符に効力を込めたもの。護身や通信などに使われる。符札。特に平安から鎌倉前期にかけて発展。



 と、この程度の知識なら誰にでもある。

 晃一が、その「誰にでもある知識」程度の興味から一歩踏み越え、式紙に夢中になったのは、五年前のちょうど今頃。

 小学四年生の春のことだ。

 出張から帰った父親が、家に着くなり鞄からなにやら取り出した。


「これ、コウちゃんとカズくんにおみやげ」


 一冊の雑誌と、白紙の束。雑誌の表紙は線と文字だけの地味なデザインで、およそ子供の気を惹くようなものじゃない。

  なのに、大きく書かれたタイトルを見た瞬間、晃一はそこに吸い込まれるような気がした。

 

 ――季刊 護符ジャーナル


 受け取った手が震えて、胸が高鳴った。


「出張先の近所に、コウテンドウさんのお店があってね」


 父親のいう「コウテンドウさん」の響きが、やけに神々しく聞こえる。


「コウテンドウ、さん?」


 父親は、雑誌の裏表紙の隅を指した。


 ――発行/候天堂出版部


「お符札屋さんだよ。ほら、こういうのを作ってんだ」

 と、今度は白紙の束の方を指す。と、

「へえ、お符札ねえ」母親がキッチンから小走りに出てきて、「それ、お宮さんのとは違うの?」

「ちょっと違う。これは市販品だな。候天堂は神社や寺にもお符札を納入してんだけど、そこはそれぞれ別注の特製品」

「お宮さんもお寺さんも承ります、って? 手広くやってんのね」

「そうだな。候天堂といやあ、国内随一のお符札製造販売業社だからさ」

「それは手広い上に手堅くて、いい商売だわ。流行りも廃れもないだろうし」

 父親の説明にひとしきり感心してから、母親は

「面白いもの貰ったね。ここらにはお符札の専門店なんてないもんね。その雑誌、ケンカせずに仲良く読みなさいよ」

 兄弟の顔を交互に見ながらいった。が、心配は無用だ。弟の和史は雑誌にもお符札にも候天堂にもまったく興味がないようで、父親が次に取り出したおもちゃの包みに食いついている。


 だが、晃一は違った。

 世界が、その日から変わった。晃一の興味も情熱も、なにもかもが式紙に注ぎ込まれた。


 護符や式紙使いのことは、一応は知っていた。さっきいった、「誰でも知ってる」一般的な知識程度のことなら。伝説や寓話に出てくるし、お符札を身代わりに怪物から逃れる昔話は大好きだった。簡単な効力を備えた簡易の符札なら寺社仏閣に行けば手に入るし、専用の護符は通信や警備方面で今も使われている。「式紙使い」という、学芸員兼技能工みたいな人たちがいて、各所に出向勤務していることも、その勉強をしている学校や特殊なクラスに通う、晃一と同じくらいの年頃の子供たちがいることだって知っている。社会通念上の常識として。

 だが、父親に貰った雑誌を読んでから、それがただの知識を越えて、急に身近に感じられるようになった。特別な世界の現象なんかじゃなく、誰にも使えるものなんだと――方法を間違えず、鍛錬さえすれば――知らされて、途端に面白くてたまらなくなった。


 護符ジャーナルには、簡単な式の入門コラムが載っていた。勿論、やってみた。

 最初に試したのは、「親展印」だ。

 重要な書類を送るときに使う印。これで封をすると、送り先の宛名通りの人でないと開けない。あらかじめ印の入った符札が郵便局で買えるが、自分でも作れるとは知らなかった。コラムにある通りに、試した。はじめはうまくいかないが、何度もやっているうちに、お符札を貼った封筒の口はほんとうに開かなくなった。

 そうやって、毎日練習をした。護符ジャーナルは常に持ち歩き、暇さえあればページを開いた。次号からはこづかいを使って毎号通販で買い、入門書もいっしょに購入して読み込んだ。白紙の護符はすこしずつ大切に使い、少なくなってくるとこれも通販で買い足した。

 学校では式紙に興味を示した友達と「式紙部」を結成して、放課後に集まっては式の練習をした。

 その後、地元の中学に上がってからも式紙活動を突っ走り、中一初日の自己紹介では堂々


「趣味は護符の研究です!」


 と言い放った。「式紙部」の仲間は全員が同じ中学に上がったので、他の小学校出身の生徒も加え、私設クラブは増員継続。さらに熱く活動を究めた。

 そして中学二年の秋、大きな転機が訪れる。




「阿久都、ちょいと」


 四限目が終わると同時に、担任の来間先生が廊下側の窓からひょっこり顔を出して、

「ちょいと、職員室に」

 と手招きする。

 クラスのみんなが、式紙のやりすぎ注意? おフダキメすぎ危険人物決定! とかなんとか口々にいう。だったらむしろ名誉だよ! と笑って返した。


 軽く流したものの、内心は不安だ。

 晃一の成績は、いい。かなりいい。おフダなんかにかまけてないでと言われたくないから、定期テストで文句の出ない順位を保つよう、できるかぎりの努力をしている。

 だが、今度はそのせいで、「もっと上」を狙えと言われるようになった。塾にも行かず、趣味に時間をかけ放題で、好成績。なら勉強の方にもっと力を入れてみたらどうなんだと。これは当初の心配とは別パターンの「おフダにかまけてないで」。

 二年の二学期にもなると、そろそろ高校の受験目標が見えてくる。晃一は落ち着かない気持ちで職員室に入った。

 が、

 待ちかまえていた来間先生は、思いがけない言葉をいった。


「御符学書院って知ってるか?」


 知ってるもなにも。

「もちろん」

 間髪入れずに答える。と、あっちも間髪入れずに返してくる。


「受けてみん?」

「え?」

「編入試験」

「は?」


 意外すぎる言葉が続く。戸惑って、


「いやそんな、まさか、だって編入、って、外部の中途受け入れはなかったはずっ、て、思っ……」


 ってた、んです、けど……と、だんだん声がちいさくなり、同時に胸が高鳴りだした。


 御符学に? おれが?


「なんでも、二年生にひとり欠員が出たらしいんよ。それで急遽、特別に来年度の中三生を一名募集してる」

「でも僕、予備科の経験もないですし、だからそれは……」


 御符学をはじめ、式紙使い養成に特化した中学校に進学できるのは、小学校中学年に始まる指定校予備課程を経た生徒からの選抜と決まっている。規則があるわけじゃないが、ほぼ慣例になっているし、そうでもなければ養成校の授業にだってついていけないだろう。この受験に参加するのも、予備科から一般中学に進学していた生徒ばかりなはずだ。晃一のような「趣味で式紙を嗜んでます」程度の知識や経験じゃ……。

 なのに、


「受けます」


 と、いっていた。

 消極的な言葉を口にしかけたものの、でも。

 そんなの受ける。受けるに決まってる。受けてもいいってんなら、絶対に、絶対に受ける。

 御符学書院。中高一貫全寮制の式紙使い養成校。護符ジャーナルでその存在を知って以来、ただひたすらに憧れていた場所。それが。

 別世界のことじゃないし、夢でもない。地続きなんだ、式紙使いが住む場所は……おれも、そこへ行けるかもしれない。

 ちょっとでも近づけるなら、挑戦してみよう。


「おい、そんな急いて決めるこたない。まずご両親にも相談してからな」

 来間先生は笑っている。晃一の意気込みが伝わったか、うれしそうだ。

「まあ、高校受験の予行演習にもなるし、やってみるといい。だが記念受験なんて考えで浮かれてたんじゃだめだからな。挑戦するからには真剣に、全力で」

「もちろんです!」

 食い気味になった。しかもすごく気張った声が出てしまった。職員室の全員がこっちを見た。



 強く請けあった通り、晃一は全力で取り組んだ。だが受験対策といったって、なにができるんだか見当もつかない。赤本なんて売っていないし、試験については誰にきいても……というより、誰にきけばいいのかもわからない。


 ともかく、できることを懸命にやるだけだ。式はいままで以上に注意深く立てる。式紙に綴る一字一字を確実に書く。書いては教本にあたり、クラブのみんなにお題を出してもらい、失敗すればやり直す。


 特にがんばったのは、式紙を「立てる」こと。式とは立てるものだが、この場合は、文字通り、立てる。式紙使いともなると、符札を手のひらの上にまっすぐ垂直に立てることができるそうだ。どういうバランスなんだか謎だが、晃一も練習するうちに立てられるようになっていた。それでも五回に一回くらいだったのが、二回に一回は立つようになり、受験間近になると、ほぼ確実に立ったうえ、そのまま文字を書ける――式を立てられるようになった。


 両親は受験に賛成してくれた。もし万が一にも受かったら、寮暮らしだ。お金は? 息子の生活に心配は? なんの問題もない、そこは安心しとけといってくれた。まあ、万が一にも受かるわけがないと思っていたのかもしれないが……。


 そうして。


 受験の日がやってきた。晃一は真剣に、全力を出した。

 はたして、万が一を引き当てた。

 受かってしまった。


 

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