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式紙使い候補生、挑む。  作者: 久々椚
第一章  御符学
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十二  放課後の水路



 甲成先生は唸ったまま教室を出て行き、ともかくも会合は終了となった。


 放課後、実嶋は部活があるらしい。水に戻った校庭を、大グラウンドのある二番口方面へと潜って行く。背中にはバックパックと、部活用具一式の入った大きなダッフルバックを担いでいる――こんな大荷物、今朝はよく忘れたもんだ。



 三番口水路は、寮へと戻る生徒たちでなかなか賑わっている。おかげで水路の暗さにも、青い光の不気味さにも、まったく脅かされない。なにより、傍らには瓜篠さんがいる。

 青い灯りの横を通り過ぎる時、今朝の出来事を思い出した。あの白い物体。あれは、怪か?

 瓜篠さんに知らせておこうかと思ったが、止めておいた。晃一の頭に、ある計画が思い浮かぶ。


「今日は人が多いな。みんな護符ジャーナル目当てかな」


 瓜篠さんがいう。ちょっと篭もった響きだけれど、普通に聞ける。

 やっぱり、瓜篠さんは水中で普通に喋れる。


「あうぉー……」


 あの、といったつもりだが、やっぱり晃一の声はちゃんと響かない。


「ん、なんだ?」

「おぇの、こえ、へんらの、うぉしてなんぇしょ」


 おれの声が変なの、どうしてなんでしょう。


「慣れ、かな」


 心配だったが、ちゃんと通じた。ぽん、と答えが返る。この人、ほんとに「慣れ」が好きだ。


「毎日通ってれば、そのうち水中に慣れて喋れるようになる。まずは経験。それは俺もだ。今、阿久都の声がうまく響かないのは、俺の技術もまだまだだってこと」

「うりしのさん、の?」

「伝えるには伝えられる側にも慣れがいる。聞く側の問題でもある。阿久都の技術のせいだけじゃない。俺にも、まだ阿久都を聞くだけの技量がないから」

「え」


 まさか。

 瓜篠さんの式の技術はトップクラスだ。その技量が、足りないなんて。


「技術と、心構え。相互の経験。慣れた相手だと伝わりやすいし、慣れてなくても聞くだけの技量があれば元の音とおなじに伝わるはずだ。だから、俺よりもっと聞ける人間がここにいたら、さっきの言葉もはっきり響いたかもしれない」


「じゃあ……おれ、なれうたべいお、ぜっぎょってっしゃえったおうがいいっすね」


 おれ、慣れるためにも積極的に喋ったほうがいいですね。


「そうだな。ぜひ、そうしてくれ……ところで」


 と、瓜篠さんは晃一の目を見る。


「どうだった? 護符ジャーナルの新刊は」

「いぇ、まぁだ、みてなくて」

「そうか。封は切ったか?」


 思いがけないことを訊かれた。


「いぇ、そぇも」


 先着で封が切られるというのは、結構知れたことだったのか?


「じゃあ、今日もあいつが切ったか」


 ヒオキのことか!


「あ、はぃ」

「面白いヤツだろ」


 面白いというか、不躾というか。


 そういえば、ヒオキも瓜篠さんに対して遠慮がなかった。あんな風に話せる同級生は、実嶋以外にはヒオキしかいない。


「ヒオキ……さん、うりしのさんに、タメごでしゃえれうんすね」

「そうだな。阿久都もタメ語で喋ってくれよ」

「はい……あ! あ、いや……はぃ」


 どうしても敬語になってしまう。

 瓜篠さんは肩をすくめて、まあいい、という。そして


「あいつの、そういうところが面白いんだよな」


 と、ぼそりとひとりごちた。


 いつの間にか校舎下の水隧を抜け、堀の端までやって来ていた。

 今朝に飛び込んで来たところだ。胸の式紙を取り出す。寮を出る時に立てたものだ。目の前に掲げる。


 みずみのまもり


 目で字をなぞり、意味を噛みしめる。そして、

 出る、と意識しかけた瞬間、体がぐいっと浮き。


 水辺の川の中にいた。

 水の流れは学校側から外に向かって流れている。あとは、流れに沿って寮へと歩く。


 今日は木曜日で、終業が遅い。金曜の午後からは週末休みに入るので、その分、木曜日は特に授業数が増やしてある。森の木々の上の空は、赤く染まりはじめている。



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