十一 シンキ と シキシ
昼休みに集まったからといって、放課後の会合が無くなるわけでもないようだ。日課の報告会は、その日も通常通りに行われた。
終業後のがらんとした教室で、実嶋と瓜篠さんと甲成先生が、晃一の席を取り囲む。
瓜篠さんは開口一番、
「もう学校には慣れたか?」
昼にも訊いたのにまた訊くか。
「まあまあだって」
いつもの返事を、晃一のかわりに実嶋がいった。
「瓜篠、ほんとその質問好きだよね」
からかい口調で笑いながら、肘で瓜篠の肩を小突く。
瓜篠さんにこんな調子で接する生徒は珍しい。みんな瓜篠さんにはなぜか、さん付け呼びと敬語になってしまう。生徒を呼び捨てる教師でさえ、瓜篠にだけは「瓜篠くん」だ。
「まあまあ、ですけども……今日また慣れないレベルが上がった気が」
「ああ、新事実、発覚だぁらねー」
甲成先生がいう。
「ともかくねー、これも慣れてもらうしかないよね。ほんとは、他の生徒とおなじでおいおい気づいてもらえばいいんだけど、でもはやめに言っとかないとで」
「そうですね」
瓜篠さんが続きを引き取る。
「来月にはシンキもあって、校内も準備で慌ただしくなるだろうし」
「シンキ?」
また新しい言葉だ。
「あ、知らなかった?」
実嶋が指を動かした。晃一の胸元が温もる。式紙に字が浮かんだらしく、ぼんやりと紙の字が見える。
やっぱりはっきりしないので、式紙を取り出した。
――神紙式
「あ!」
知ってる。胸がどきっと跳ね、熱くなる。
「シンキ、って読むのか……」
神紙式。養成校での、新入生の入学の儀式。毎年五月に行われる。新しく入った生徒たちが、式神を空に放る。護符ジャーナルで読んだ。
「シンシシキ、だと思ってた」
たしか護符ジャーナルの振り仮名にもそうあったはずだが――。
「それであってる。シンシシキ」
瓜篠さんがいった。
「ただ習慣的に、シンキ、って短く略してるだけで」
「だって、いいにくいろー、しんしぃき、って」
甲成先生がいう、が、やっぱり言えてない。
「そうかあ……」
式紙を見つめ、シンキ、と晃一はつぶやいた。神紙式。
「楽しみです。あこがれだったんですよね」
護符ジャーナルの記事を読み返しては、想像にひたっていた。それが、現実に――
「うわあ、うれしいです。この目で見られるなんて」
「見られない」
え?
瓜篠さんの冷静な声にぶった切られた。
え? なんで?
「当日の参加者は新一年と教師と代議だけだから」
「え、え? おれは?」
「だって阿久都、三年だもん」
実嶋がいう。
「シキシも持ってないよね?」
シキシ? 今度はなんだ?
瓜篠が右手を動かす。また式神に字が浮かんだ。
――式神紙
「シキシンシ。これはシキシって略してる」
「神紙式に使う式紙のこと。あのー、予備科の卒業の時に指導教官から貰って来るんだけど」
「阿久都は外部生だから」
「これ持ってないと神紙式に出てもやることないし」
ねえ先生、どうしよう、と、実嶋が甲成先生に目を向ける。
甲成先生は困り顔だ。怪のことといい、晃一の存在はいちいちイレギュラーだ。見るからに困惑した様子で、
「こうゆうケースは……どぉしよう」
「あの……」
晃一は声を絞り出した。やることがないなら、式に参加できないなら、それでもいいから。
「……せめて、見学だけでも」
ひと目、見るだけでもいい。
「邪魔にならないような場所で、見させてもらうってわけには」
「それは、ちょっと」
「役がないのに式を囲うのは危ないぞ」
「うん。弾かれちゃうかも」
ちょっと、意味がわからないが、問題なのだということだけはわかる。
「でも、どうにか」
「うーん、そりゃあ……」
甲成先生がいった。
「……そうだよね、参加したいよねえ、三年生っても新入生にはかわりないし……」
腕を組み、考え込んでいる。