十 輝く人
会議は終わり、階段を下りていくと、すぐ下の踊り場に七松がいる。
昼食後に戻ってきて、ここで待っていてくれたらしい。
どうだった? と訊ねる七松に、さっきの出来事をいう。すると
「なーんだ」
七松はほっとした表情になった。
「俺、てっきりもっと深刻な話なのかと思ったわ」
「深刻って?」
「阿久都が退学んなるとかさ」
「なあんで。まっさかあ、入ってきたばっかなのに」
「いや、おれもそんな話かと」
笑う実嶋に、晃一がいう。
「二週間の試験期間の結果、我が校に適正なしと判断されました、とか」
「でもま、よかったな、イヤな話じゃなくて。で、怪?」
「そう。怪」
三階の廊下の窓際に並び、三人揃って窓枠に肘をつく。
「みんな困ってたみたいでさ。説明のしかたがわかんないって」
「まあな。ここじゃ言わずもがなってやつだから。俺らの常識は、ここの外じゃ非常識だ。他にもほら、俺らは見慣れちゃってっけど、これとか」
と、七松は顎をしゃくって真下を指す。
「外にはないんだよな」
ないない、と晃一は首を横に振る。当然、ありえない。
校舎に囲まれた五角形の広場を、生徒たちが行き来している。話しながら歩いていたり、校舎へ続く階段に腰掛けて憩っていたり。ジャージ姿で走る集団もいれば、球技に興じているものも。よくある昼休みの風景だ。
だが、その足下は、校庭やグラウンドと呼ぶには異様だった。透けているのだ。土の代わりにそこにあるのは、ゼリー状に固まった水。
今朝に登校してきた水隧の出口の、校舎の真ん中にある五角形の水庭。それが朝の始業の時刻になると固まって、校門を塞ぐ。
「入学した時にはそれなりには驚いたっけ? でもないか」
「うん、そういうもんだろって感じだったぞ」
頷きあう実嶋と七松に、
「やっぱり予備科出身は違うよね」
と晃一はいった。怪にしても、なんとなくで理解してしまえる人たちだ。
そのまま下を眺めていると、ふと、一点に目がいった。三人の生徒が歩いている。
「あ」
七松が短くいって、ゆっくりと体を翻す。さりげなく窓から背を向けた。
「どうした?」
「いや別に」
訊きながらも、晃一の目は三人の生徒から離せない。三人のうちの、中央を歩く人物に。
「あの人?」
ここから見るだけでは、なんの変哲もない男子生徒たち。だが晃一は、七松のおかしな様子の理由はその人物だと直感した。
七松も、晃一の言う「あの人」が誰を指したか直感している。こくりと頷いた。
そこへ、
「あ、遠野さんだ」
実嶋がのんきな声でいう。
「ばっか! 名前言うなよ」
七松がひそひそ声でいった。
「あの人に――聞こえてんぞ」
「そんな、こんな遠くで」
と、晃一が言いかけた時、その人物が立ち止まった。
そして、ゆっくりと見上げる。偶然じゃない。視線の向かう先は、こっちだ。
晃一たち三人のいる方だ。
たしかに目があった。晃一の背筋に、びりびりと電気のようなものが走る。
顔の造作の細かい部分は、この距離からだとはっきりは見えない。だが、なにか、とてもきらきらとした印象を受ける。輝いている。
しばらく見つめ、相手は視線を落とした。またゆっくりと歩きはじめる。
視界から外れて、晃一はほうっと息を吐いた。思わず呼吸を止めていた。
「なに? なんで隠れんのさ」
実嶋が足下を指してけたけたと笑う。見ると、七松はしゃがんで窓枠の下に身を隠していた。
「七松さあ、遠野さんとなんかあったの?」
「ねえよ! 喋ったこともねえよ。でもなんか、なんかあの人……」
七松は視線を泳がせた。言葉を探すが、うまい表現が浮かばないようだ。
結局、
「……こわいんだもん」
ぽつりといった。
「こわい? なーんでさあ。あ、遠野さんは、五回生の学年代議で」
五回生というのは、ここでの高等部二年生のこと。実嶋は振り返り、晃一に説明する。
「すごいんだよ。成績超優秀。式紙もだし、一般教科も。でも別にこわくはないと思うよ。ちょっと厳しい人だけど」
「だぁら、そこがこわいんだよ」
それにちょっとじゃねえよ、たぶんありゃ相当だよ、と、七松は小声で付け加える。