零
曇り空。もうすぐ雨が降る。こんな日の夜に、
――人が、消えたって。
「さむっ」
その声に、友紀は振り返った。学校帰りの駅前広場。友紀の真後ろで、クラスメイトの朋佳が首をすくめて震えている。
「さっむ。あー超寒い」
「そお?」
朋佳の大袈裟なしぐさがおかしい。友紀は笑いながら、右手のアイスにかぶりつく。
「四月だよ? 春だし。今日はあったかいよ」
「いや、あったかいけどさあ、あったかかったけどさあ、やっぱアイス食べたら冷えんじゃん」
「冷えるってババアかよ!」
声を強めていってみた。すると朋佳ははじけるように笑いだす。やっべえわ、たしかにだわ、うちのおばあちゃんいっつも寒い寒いっつってるもん。
朋佳があまりに楽しそうで、つられて友紀も吹き出した。広場に笑い声が響く。やべえって制服でこんなバカ笑いしてさあ、うちのガッコ、バカ校だと思われんじゃん。
朋佳とは新学年のクラス替えで知り合ったばかり。ひと月前までは話したこともなかった。なのに、今では一番の友達だ。こんなくだらないことでいっしょに笑いあえるなんて。
いや、いっしょに笑いあえるってわかってるから、くだらないことにでも無性に笑えてしまうんだ。
アイスを食べ終える頃、空は暮れはじめていた。だだっ広い空間に風が吹き抜ける。
「昔はここ、おっきい噴水があったよね」
友紀が広場を眺めていうと、
「昔って、ババアかよ!」
反撃された。朋佳はけたけたと笑いながら、だってさうちのおばあちゃんもさいっつも昔々ってさ、でさ、こないだも、あ!
短く叫んで、朋佳は前掛けにしたリュックをさぐる。なにか思い出したらしい。
「ガッコで渡すの忘れてた。おみやげ」
「なにこれ」
差し出してきたのは、ぺらんとした封筒だ。中からさらにぺらぺらの紙が出てきた。七夕の短冊くらいの大きさの、白い紙。
「お符札?」
「そう。式紙っての」
「あー」
と、納得した風に相槌を打つが、よくは知らない。でもとりあえず、お守り的なやつだ。
的な、というか、お守りだ。白い紙には墨字で、おまもり、と記してある。
「お参り行ったの? 神社かなにか」
「行ったんだって、神社かなにか。あたしじゃないよ? うちのおばあちゃんが。テラモトのおばあちゃんたちと」
「あー」
そのテラモトのおばあちゃんというのも誰だか知らないが、やっぱり納得した風に相槌を打っておく。と、
「なんかねえ――」
朋佳が神妙な顔になって、いった。
「――失踪だか誘拐だか、あったらしいじゃん」
「……知ってる」
どきん、と友紀の胸が大きく弾む。
「それ、ニュースで見た」
さっき、思い出していたところだ。雨降りの前に起きた、謎の失踪事件。
「でさ、心配してくれちゃっててさ。お友達にもどうぞ、って」
「おばあちゃん優しいね。うれしい。ありがとう」
いただきます、とダッフルバッグのポケットにしまう。そして
「じゃあまた明日」
というと、
「明日?」朋佳はにやにやと笑う。「うちらなんか約束してたっけ?」
「あ、そうだ」
違った。言い直す。
「じゃなくて、来週だ」
「今日が何曜かもわかんない? やっば。友紀、ボケた?」
「ボケたんだよだってさ、うちらって」
「ババアだし!」
はしゃぎながら、広場から下道への階段を降りる。手を振りあい、道を左右に分かれた。
ここからは、ひとり。
友紀の家は、F市中央駅から東へ進み、北向きに曲がってほどなくの場所。そのまま行ってもすぐに着くが、裏道を抜ければさらに早い。
――近道しちゃおう。
夜には行くのをためらう路地裏だが、日が落ちきるにはまだ間がある。友紀は通りを渡り、路地へと入る角を曲がった。
その時、なにかが見えた。
角のビルの上方で、白いものがちらりと目の端をかすめた。見上げると、壁際でぼんやりと白く、揺れている。一瞬のことだった。足を止めずにそのまま進むと、それきり忘れてしまった。