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幻の酒が飲みたくて

今回は千歩が異世界に来た理由について。

 エレナちゃんと楽しい会話をしながら自転車を走らせて三十分ほど経った頃、遠目に外壁らしきものが見えてきた。もうそろそろ歩いても良い頃合いかと、自転車を止めた。


「エレナちゃん、この辺から歩いて行こう。家まで送るよ」

「はい。チホさんはここに来るの初めてなんですよね? ぜひ街中を案内させて下さいね!」

「それは助かるなぁ。何せ色々と初めてのことも多いからね。」

 ふぅ、とため息までもれてしまった。


 この街どころか、この世界が初めてなのだ。この世界に来た理由、それは昨晩、土曜の夜に遡る。





 土曜はお酒を飲む日と決めている。もちろん、平日や日曜も飲むけれど、次の日を気にせずに飲め、昼からも飲める嬉し楽しい日なのだ。友達や同僚と飲む日もあるし、一人で気になるお店に行く日もある。

 昨日は友達と居酒屋で飲み、二軒目は一人BARに行き、美味しく幸せな夜を過ごし、家に帰り着いたのは日付の変わった頃だった。

 いつもなら、メイクをざっと落として、さらにもう一杯家で飲むのだが、その日は先客がいたのだ。見たこともないおっさんが、ソファで寛いでいた。


「………………だれよ?」


 見知らぬ人が、特におっさんなんかが家に上がりこんでいたら、大声で叫びそうなものだが、酔っていた私の口からはそんな言葉だった。


「神様だ!」

「…………出てけ、警察には黙っておこう、盗んだもの全ておいて早く出て行けば見逃そう!」


 まさか、神様だなんて。すごい嘘をつくものである。こんな時間にいるなんて、きっと泥棒だ。うちに高価なものなんてないし、なぜ単身者向けのマンションに泥棒に来たのか。まさか、下着ドロとか? なんて、ドラマなら殺されるシーンかもしれないのに、私はそうのんきに考えていた。


「いや、本当に神様なんだ!」

「……ちょっと待って。ええっと、すみません、けいs――」

 またも、嘘をつく泥棒に、少し冷静になった私は警察に電話を掛けたのだが、スマホが手からなくなった。スマホを落としたわけではない。はて?


「いきなり警察に電話するとか酷いじゃないか」

 泥棒のおっさんが、私のスマホを持っていた。


「泥棒じゃなく、超すごいスリ? いやでも、そこから動いてはいなかったし……」

「神様だからな!」

 さっきからこのおっさんは、自信ありげに親指を立てながら、神様神様と主張してくるが、これは泥棒ではなく、頭のいかれたヤバイ人?

「泥棒でも頭のいかれたヤバイ人でもなくて、神様だ。 これ返すから、警察に電話とかやめてくれる?」

 私の手にスマホが戻ってきた。てか、頭の中読まれた?


「まぁ、とりあえず座ったら?」

「いや、ここ私の家なんだけど」

「おぉ、すまんすまん。お邪魔しとる」

「早く出ていって欲しいのですが?」

「いやぁ、ちょっとお願いがあってね!」

「はぁ?」

 会話になっていない気がする。冷静を通りこし怒りが湧きそうである。おっさんをよく見れば、白いスーツ姿だ。ヤクザ、芸人、新郎? どれも違うか。あごヒゲはあるけど、いかつい感じではなく、なんというかこう……


「ハンサムだろ?」

「あー……神様だって言うなら、何か証拠は?」

「えー、んー、よし!」

 おっさんが白く長いヒゲの生えたおじいさんになった。

「これでどうかな?」

「あー、仙人ぽくて確かに神様みたい。他には?」

「えぇ、他に? んじゃ、こんなの」

 今度はおじいさんが十代半ばの少年のようになった。ヒゲは生えていない。これは…………。


「これで信じたか?」

「……まぁ、一応。そういうことにしておく」

「よし、それでいい」

 そう言いながら少年からおっさんに戻った。おじいさんが一番神様っぽいのに。


「あぁ、この姿が一番落ち着くんだ」

「なんか、ちょいちょい思考を読まれている気がするんだけど?」

「まぁ、神様だからな。読めるぞ」

「いや、人の思考を勝手に読まないでよ」

「こっちも好きで読んでるわけじゃねーよ。人の気持ちってのが流れてくるのが神様なんだよ」

「なにそれ、初耳」

「そりゃ、人が神様のことなんて知るわけねーからな。何を聞いても初耳だろ」

「ふーん……あ、お参りに来た人の気持ちを知るためにって感じ?」

「まぁ、それもある。でも、俺みたいな神様は人の気持ちで成り立つものだからな。色々とあんのよ」

「よく分かんないけど、神様も大変そうだね」

「まぁ、気づいたら神様だったから慣れるけどな」


 なぜ、自称神様とこんなに会話をしているのだろう。私の家なのにいつまで立っていなければいけないのだろう。酔いも覚めちゃったなぁ。


「おぉ、すまんな。まぁ、座りなって。俺そっちに行くから」

 おっさんはようやくソファから移動し、テーブルの向かいにあぐらをかいた。私はソファに座り、靴下を脱ぎ、帰り道に買ったお茶を一口飲んだ。

「俺にお茶はないの?」

「え、神様ってお茶飲むの?」

「いや、飲まなくてもいいけどさぁ、一応客なんだし」

「ははは、お客というなら菓子折りでも持ってきていただきたい。まぁ、水ぐらいなら」

 水道からコップに水を注いで、どーぞとおっさんに渡す。

「ありがとう……」


 神様だろうが、不法侵入に変わりはない。手土産もないのだし、水道水で十分だ。


「で、神様が女性の家に不法侵入してまで何の御用でしょう」

「随分と辛辣じゃないか? そりゃあ、いきなり神様がいて驚いただろうけどさ」

「驚いたというより、せっかく良い気分で帰ってきたのに、酔いも覚めて良い気分が台無しになったという感じ?」

「あぁ、それはすまなかったな。今日の酒は美味かったか?」

「それはもう。居酒屋では友達と楽しく飲めたし、今日のBARは初めて行く店だったけど良かったわね。お通しに手間をかけていて美味しかったし、お酒全体の品揃えも悪くない。接客はもちろん、何よりカクテルが美味しかった! 今度は友達も誘って行こうかなと思える良い店でしたねぇ」

 おっと、おっさん相手についつい喋りすぎてしまった。


「カクテル以外は飲まないのか?」

「飲むに決まってるでしょー! 今日の居酒屋ではビールと日本酒飲んでるし。お店によって品揃えも違うし、料理も違うんだから美味しい食事に合わせて、美味しいお酒で頂く! 来週はドイツ料理のお店に行くんだけど、ドイツビールの種類が豊富らしくて、今から楽しみね! ふっふふふ――――」

「うんうん。それは良いことだ。だがしかし、その前に頼みがあるんだ」

「え?」

 おっさんは、腕を組み真剣な面持ちで言った。



「ちょっと異世界に行ってきてほしい」



「お断りします!」

「そこを何とか頼まれてくれないか? 異世界で酒を広めて欲しいんだ。」

 いやいやいや、このおっさんは何を言うのだろうか。神様だからって異世界とは……どこだよ、それ。というか、お酒を広めるとは一体……。


「酒がない世界があるんだよ! 作りも、飲みもしない世界が!」

「そんなバカな! お酒の歴史は深く、人がいるいじょうは絶対にお酒はあるんですよ? 飲まないというか宗教的に禁止している地域はあるけど、作りもせず飲みもしないだなんて――」

「あるんだ、そういう世界が。この地球ではない別の異世界に」

「いや、だから異世界って……」

「この宇宙にある別の星とかではなく、この地球のようなとこだけど、こことは違う、魔法を使う世界があるんだよ!」

「ははは、なにをバカな」

「神様だっているだろう? ここに」

「そりゃ、特殊メイクにしては一瞬で変わりましたからねぇ。骨格すら変わってましたし。一応は、神様かなーっと思ってます」

「俺は、酒の神様だ」

「は?」

「神様にもいろんな奴がいて、俺はお酒を作るやつ飲むやつらの、酒が好きって気持ちから生まれた神様なわけ!」

「意味が分かんない」

「意味は分からなくて良い! この世界にはお酒が好きなやつも嫌いなやつもいるだろ? 中には興味がないやつもいる。それは自由だから別に良い。でも、その異世界では興味云々の前に、お酒そのものを知らないんだ。だからその世界に行って、お酒を広めてほしいんだ!」

「……なぜ?」

「神様として、上に行きたいというのはある。人の気持ちで神様のレベルも変わるからな。それに、俺は酒が好きだから、好きな人が少しでも増えてほしいと思うわけよ」


「断る!」

「そこを! そこをなんとかならねえか?」

「いや、そういうのは他の人に頼んで下さい。どのお酒にしても造る人やそういうお仕事をしてる人に頼めば良いじゃないですか!」

「過去そういう二人に行ってもらったんだが、失敗した」

「なんでですか?」

「一人はビールやワインを造ったんだが、あちらの生活に耐えきれなかった。もう一人は他のお金儲けにはしって、お酒を広めることは出来なかった。ということで、次はただの酒好きに頼もうと思ってな!」

「……酒好きなら、居酒屋やBAR、色んな所にわんさかいるでしょう?」

「勘だ。あんたが良いと思った。それだけだ」

吉塚(よしづか)千歩(ちほ)という名前があるんだけど。あと、お断りします。てか、神様が直接行けば広まるんじゃないですか?」

「俺は直接その異世界には関われないんだ。存在しないものと一緒だからな」

「はぁ、それは大変ですね」

「だから、千歩に行ってもらいたい。」


「……嫌です。正直、面倒です。しかも、来週はドイツ料理食べに行きますし、来月は誕生日なんでお高いフレンチを予約済なんですよ! どことも分からん、いつ帰れるのかも分からん場所なんて絶対にお断りですっ」

「ふむ。その点は心配ない。異世界で過ごした時間はこちらでは過ぎない。だから、ドイツ料理もフレンチも問題なく食べられる」

「でも、結局その異世界に行くと当分は帰ってこれないんでしょ?私の歳はとるんじゃないの? 来月で三十路ですよ? 帰ってきて四十路とかになってたら、笑い話じゃないんですよ」

「あー、うん、女性だからな。それは気になるな。だが大丈夫だ! 異世界に行く場合君は今の半分の年齢になり、元の年齢になる時に帰れる仕組みだ。だから異世界で歳をとっても、今以上に老けるとかそういうことはない。そうだな、最長で15年ほどになる。もちろん、もっと早く広まればその時点で帰れるし、仮に向こうで死んでもこちらに生きて帰れる。二度と異世界には行けなくなるが……」

「はぁ、死んでも戻ってこれるというのは安心ですね。でも、異世界に行くことに何のメリットもないので、行く理由にはなりません! というわけで、帰って下さい」


 おっさんとつい長話をしてしまったが、そもそも私に行く気はないのだ。さほどデメリットはないように感じるが、メリットもない。おっさんを助けてあげる理由もない。他に良い人が見つかると良いね、おっさん。



「よし、じゃあメリットをやろう」


 そんなおっさんの言葉とともに、テーブルの上に一升瓶サイズの無色透明な瓶が出てきた。入っている液体も無色透明だ。

「これは、水じゃない。この地球上どこを探しても見つからない、神様特性〈幻の酒〉だ! 異世界に行ってお酒を広めてきたら、これをやる。」


「――行く」

 ……っは!私は今なんと。


「行くって言ったな。よし、決定だ」

「いやいやいや、ちょっと待って、これはつい口が滑って――」

「いや、行くことは決定した! 自分で言ったんだ、これは覆らない」


 ……そんなバカな。つい、うっかり、お酒欲しさに口が滑っただけだと言うのに。


「じゃあ早速、今から――」

「ちょっと待ってよ! 今からとか無理に決まってるでしょ! 行くって言っただけで、いつとか言ってないし!」

「……っち」

 このおっさん、舌打ちしやがった。でも、行くとは言っちゃった。えー、これからどうしよう。


2話目を書いてみて、作者の方々の凄さを実感しております。

誤字脱字などはそっとご指摘いただけましたらと。


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