2.用意された舞台
「そうこなくっちゃ」と、演劇の神様ディオニュソスは言った。仮面の下では笑っているのだろう。演劇の神様とか言っているけど、きっと悪い神様だろう。人を祟って呪い殺すような。
「あなた、黒部春子とあなたの妹、黒部秋子は別の世界に転位してもらうわ。あなたの住んでいた宇宙とは異なる宇宙。地球で言えば、中世のヨーロッパという感じかしら。そうね、それと文明も社会の仕組みも似ているわね。王がいて、貴族がいる。そして、平民がいて、奴隷がいる。そんな世界」
「別の世界? そんな世界がありえるのですか?」
死後の世界ということなら信じられる。きっと私のお父さんとお母さんは天国にいるだろうから。
でも、別の世界。異世界だなんて……。
「存在するわ。私を神として信奉する世界。デウス・エクス・マキナの法則が支配する私の愛すべき劇場。世界の全ては私を楽しませるための役者。そして私というただ一人の観客のためだけにある演目。それが私の世界、|Il Teatro Greco」
この神様……その世界で生きている人をなんだと思っているのかしら。
「そこで、あなたは悪役令嬢になってもらうわ。貴族の中の貴族、シュピルアール侯爵の一人娘、ピアニーとして」
「一人娘?」
「そうよ。美しき侯爵令嬢の一人娘ピアニー」
「私の妹は? 先ほど、妹を救うためと……」
「アウンタール子爵のカトレアのことね」
「私の妹は、黒部秋子です」
「もう違うわ。辺境の貧乏貴族。アウンタール子爵の末娘よ。あぁ、可哀そうなカトレア。あと数年で敵国によって蹂躙される運命にある領地の末娘。資源もなければ産業もない。痩せた土地で細々と農業をしているだけの、寂れた領地。敵国が攻めて来ても、王国は防衛する意味を見出さない見捨てられた土地。このままだと、カトレアちゃんは殺されてしまうわ。兵士たちの慰み者にされたあとで……」
慰み者……。なんて酷い……。そして、それを楽しそうに語るこの神様が私は嫌いだ。
「私は、その……カトレアさんを助ければ良いのですか?」とグッと堪える。
「非力な貴女にはそれは無理よ。でも、カトレアが助かる運命は一つだけあるわ。神様である私が1つだけというのだから、本当に一つだけ」
「どうすれば良いのですか?」
「ティッサリアの王子ウィリアムとカトレアが結婚するの」
「結婚ですか? すればいいじゃないですか」
「でも、それには問題があるのよ。ウィリアム王子には婚約者がいるのよ。それに、ウィリアム王子はその婚約者を溺愛しているの」
「でも、恋心は移り変わるものだと聞いたことがあります」
私は、ずっと必死で働いて、恋なんてする余裕が無かったけれど。
「あなた、鈍いわね?」
「え?」
「王子の婚約者はあなたなのよ。ピアニー・シュピルアール」
「私は、黒部春子です!」
「そんなに怒らないで? やっぱり止めにする? あなたの妹である、黒部秋子の生まれ変わり、カトレア。このままだと確実に死ぬわ。神様である私が言うのだから、曖昧な、未確定なものではないのよ、これは」




