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0.プロローグ

 私はいつのまにか人生を諦めていたのかも知れない。花咲くような恋に水を与えなかったのは、私が諦めていたからかも知れない。

 妹のために、私は私の人生を犠牲にする。そう決めたのはいつだったか。そう、それは両親が事故で死んだときだった。


 残された私と妹。私は、高校を中退して働いた。両親が家を残してくれたのは幸いだった。団体信用生命保険という制度で、父の保険金で残りのローンが支払われたらしい。それ以外に私に残ったのは大切な妹だけだった。家を売るという選択はできなかった。残された私達にとって、大切な場所だった。


 だから私は働いた。妹は無事に中学を卒業し、高校も卒業した。大学へ行き、無事に4年間の学業を全うした。私からの仕送りに加え、妹は奨学金を育英会から借り、そしてアルバイトをしながらだ。妹は無事に就職もできた。


 私の肩の荷が下りた、ということなのだろうか。妹を育てあげた。妹の親代わりであった期間が長かった。姉と言うより、これは親の心境に近いのかも知れない。


 そんな妹が、初任給を貰ってきた。妹から外食を誘われた。久しぶりの外食だった。というか、外食を最後にしたのが何時だった。お父さん、お母さん、妹、家族4人でご飯を食べたのが最後だ。

 妹とファミリーレストランで夕食をすることになった。メニューを見たら、どれも私の時給を越えていた。


「お酒も頼もうか?」


「え?」


 お酒は嗜好品。私は飲んだことがなかった。初めて飲むお酒。


「いつも飲んでいるの?」


「まさか! 初めて飲む。今日はお祝いだから。飲んでみようかなぁって。お姉ちゃんは飲んだことがある?」

「飲んだことがあるはずないでしょ? 」


「カシスオレンジっていうのが飲みやすいって聞いたことがあるけど……。私も分からないや。とりあえず、ビール? 飲んでみようよ。お姉ちゃんとお酒を飲み交わす。実は、やってみたかったんだ」と妹は、右手の人差し指で右目の目尻を掻いた。妹が照れているときにする仕草だ。


 生ビール、500円。高い……。でも、せっかく妹が私への感謝ということで、初任給でご馳走してくれる。『私は水で良いから』とは言いにくい。


「じゃあ、ビールを飲んでみましょうか。でも、私は1杯だけで良いわ」


 ・


「ビール……苦いわね」


「うん、これを好き好んで飲むって、不思議かも」


 月並みな感想かも知れないが、ビールはとても美味しいとは思えなかった。


「秋子はそのうち慣れるわよ。会社帰りにお酒を飲んだりするのよね。きっと」


「う~ん。どうだろう。だけど、同期もみんないい人達だし、今度研修が終わったらみんなで親睦会をやろうかなって」


「いい人たち?」


「親切な人達だよ」


「良かったわ」


 妹が楽しそう。自分の事じゃないのだけれど、とっても嬉しい。


「そうだ、お姉ちゃん……ゴールデン・ウィークに旅行に行かない?」


「旅行? でも……ゴールデン・ウィークはお仕事ないの?」

「休みだよ。あっ、お姉ちゃんは休める?」


「スーパーは年中無休だから……。でも、旅行だなんて、そんなお金ないわよ」


「大丈夫。私が何とかする。と言っても、一泊二日で温泉入りに行くくらいしかできないけど。疲れを温泉でとってよ」


「今日も外食しているし、贅沢し過ぎじゃないかしら? 秋子、給料を全部使っちゃ駄目よ。奨学金の返済もあなたにはあるでしょうし、万が一のために貯金しておきなさい」


「え~。今日の外食だけだと、お姉ちゃんには感謝しきれないよ。もちろん、温泉に連れて行くくらいじゃ、お姉ちゃんからの恩は一生返しきれるようなものじゃないけど、私は何かお姉ちゃんにしたいの。自分の稼いだお金で!」


 旅行……。


 私は、妹の提案に頷いた。そして、スーパーのお仕事もお休みすることができた。正直、私の心の中に、行きたい、という気持ちがあった。


 どうして、私は旅行の誘いを断らなかったのだろうか。まさか、あんなことになるなんて……。


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