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ファイモティックフリート ~ほーけークマだって宇宙に行きたい~  作者: 北佳凡人
1章

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7話



 ドクン ドクン ……

 ドクン ドクン ……


 何も聞こえない、何も見えない。

 それを聞いた直後、窓の景色が身体を取り囲み、虚空に浮いたような感覚に包まれた気がした。


 オレが、このオレが宇宙船に乗る。

 それで、それで別の星へ旅をする……。


 ドクン ドクン ……

 ドクン ドクン ……


 自らが鳴らす鼓動だけしか耳に入らず、その鼓動も静かなものではなくやたら騒がしく気持ちをかき乱してくる。歓喜。絶望か。どちらとも極めかねる正体不明の沸き立つ感情がオレの情報機能、つまり目と耳を機能不全にした。にぎやかで、それでいて孤独。不思議な感覚がこころを覆っていく。


 迷って迷って、失敗して落胆して。自分自身、なにをしたいのかわからなくなるくらいに、歩こうとした未来(さき)は途切れて千切れてばかりだった。僕の後ろに道はできると語った詩人を恨んだりした。前に道がないのなら進むことを諦めるのが人だ。道を作れる。そんなのは1000人に一人もいやしないのだと。


 だがかすかにでも道らしきものがあるのなら、そこを進むべしだ。人生の森はあまりにも深すぎて、しかも迷子の救済はないのだから。


 オレの迷い森に道は現れた。獣道とか村人の散策路の細道のたぐいではない。がしっと建設された光り輝く頑健なアウトバーンだおでましになったのだ。




『報告します!大空主任! 京極源水(げんすい)君が、負傷しました』


 無粋な通信。たちまち現実に引き戻され、解離タイムが打ち破られた。

 宇宙窓の役目はモニターに切り替わり、建物内(ステーション)のどこかを映しだす。そこにあったのは、元気にでていったばかりの京極源水(げんすい)。右手と左足、四股のうちの2つがあらぬ方向に曲ったハニワ姿で、トランスフォームした看護婦タイプ(ナースロイド)ベッドに横たわっていた。


 あのチビ太が飛び出してから、ほんの五分も過ぎていない。

 わずかな時間、ヤツの身に何がおこった。

 危険な訓練。それともまた、アンドロイドか。


 不安要素の登場で、シャイ魂が早くもぐらつく。


「まったく、加減というのを考えて欲しいわね。今行くわ。メディカルマシンにいれとけえば乗船までには歩けるようになってるでしょう…………それとキミ、お茶はいいから」

「えっ?」


 なにをと手元をみてビックリ。マグを取り出してお茶の準備をしてるじゃねーか。いつのまに。無意識か。人事関係者に好印象を与えてるのは就活の基本。染み付いた下心が悲しい。


「ということだから、ごめん。説明はまたね。私を待てないなら、そのへんの誰かに聞いてもいいわよ。それから、」


 ちょっといい淀む。


「料金はね。無料で片づける方法もあるわよ。あまりオススメはしないけど」

「エアロックから飛び出せっていうんじゃないだろ……ごほん……でしょうね?」

「生命保険はかけてあるわ。倍増しで」


 こ・の・や・ろ・う。


「二時間後には艦に移るから。答えはそれまでにね。この部屋から、ミーティングプレイスまでのエリアなら、ほかの部屋でもどこでもぶらぶらしてていいわよ。じゃ後で」



 彼女が出て行き部屋に静けさが訪れた。モニターは宇宙の窓にもどって、小型艦艇が行き来してるのが見える。


「そのへんぶらついて説明できる人間をさがせって? RPGの村探索かっての。タンス開けて、やくそう盗んでやる」


 とはいえ、一人でぼけっといるのは時間の浪費。待つのも退屈だ。ロケットで駆け上がった記憶がないのでいまだ実感は半分だが、せっかくやってきた宇宙の基地。散策というか、少年文学的にいえば”冒険”しない手はない。角のテーブルに畳んであるオレが着てた衣服に別れを告げ、ナップサックだけを左肩に背負って、彼女が言ったとおり部屋から出てみた。


 部屋の外は、面白くないくらいありきたりの通路だった。


 病院のような学校のような、はば三メートルほどのオフホワイトを基調とした廊下だ。違うのは、ゆるいカーブを描いてることと、二十メートル置きくらいに横通路がでていること。地上施設にはなさそうなのが、壁の足元が花壇になっている点。赤や黄色の色とりどりの花、ミント系の香り漂う草、のみならず食べられそうな実をつけた作物など、成長高さが調整された、ありとあらゆる植物が植えられていた。


 花壇の上から天井にかけては特徴がなさすぎる通路。植物を知らない人間には現在置がわからなくなりそうだ。T字路の天井には案内板がさがっており、迷子にはならないですみそうだが。


 まばらながらも人通りがある。過疎化が進み年寄り率の高いオレの町とは大違いで、誰もが若い。一つ目の角まで歩くと、通路の壁に大きな案内モニタが埋め込まれてるのを発見。モニタの最下部には広告画像がならんでいて、30秒ごとに違う画が入れ替わる。美味しそうなインスタント食品、欲しかったARデバイスの5世代モデル、次に現れたのはVRネトゲ”星屑の戦火ⅳ”。


 これも欲しいヤツだ。いまは、新作発売から半年待って手に入れた安い中古の”Ⅲ”を攻略中だ。じっとみてると、AI内蔵2次元キャラのオススメが始まった。言葉に釣られてうっかりOKしてしまうと大変だ、網膜で本人確認され直ちに商品が届けられることになる。


 うざい広告だが、オヤジもこの手のアフィリで稼ごうとしてる。まずは、ランダム表示のネットのフリー広告枠にはいらなければいけないそうなのだが、キーワード選びがマズイとかで、人通りの多いメジャーな枠には表示されないと嘆いてたっけ。本人は真剣だが、あのオヤジからはあらゆるセンスが欠け落ちてると断言できる。おかげで、我が家の家計をさせているのは、母親が開いてる格闘技道場(クラブ)桜岱(さくらたい)家カーストの頂点に、彼女は君臨していた。


「思えば暢気(のんき)な家だったよな」


 ふいの言葉が過去形になっている。ひょっとしたら帰れないかもしれないと、どこかで感じてるのではないか。地上の故郷、朝の母親とのサンドイッチ格闘を思いだし、心臓がぎゅっと縮んだ。


 物思いモードから復旧しようと、フロア案内のほうへ集中をひき戻す。縮尺版のステーションが描かれてる。タッチできる部分がわかりやすく色分けしてあって、触れた階が平面的に大写しになるようだ。真ん中の端っこにタッチしてみた。


「お、展望エリアか。いってみたいな」


 建造物は複雑な形をしているが、真上からみれば四角で横からは大きなひし形というのが、大雑把な形状だ。ひし形のもっとも膨らんだ階が、中心(センター)であるフロア(ゼロ)。そこから上と下に16階層のフロアという計32階層で成り立つ、衛星軌道上に浮かぶ巨大な駅というわけだ。各層(フロア)の高さはまちまちで、東西南北が同じ高さでもない歪な構造だが、フロア(ゼロ)から遠くなるほどエリア面積はおおむね狭くなっていく。下部にあたる星側は地上ロケット発着、反対の上側が宇宙船デッキ。展望レストランエリアは、フロア(ゼロ)の東西の先端にあった。


 今いる階層。ここは、上部の8階なのでU08。外宇宙用の巨大船をまるごと収納できるデッキが隣接してる。めまいがしそうなほど巨大な建造物の中に、オレは立っているのだ。ミーティングプレイスの場所も確認できた。すぐ近くで、ここをまっすくいけばいいらしい。助かった。迷子にならないですむ。


 いまさらだが、重力があることに気付いた。なんだか嬉しくなって足取りは軽快。同年代くらいの男女と、よくすれちがう。今も、4人組の女性が通りすぎていく。オレをジロジロ見てる気がした。


「あんな人、いた?」

「10日前の最終顔合わせには、いなかった。あれじゃないかな、例の入れ替わり?」

「あー。小黒部 夕一(おぐろべ ゆういち)くんの……」

「よく覚えてるわね」

「彼、すごくかっこいい人だったから……あたし狙ってたもの。それがこんな……ショック」

「ゲート21のチケット盗んだんだって」

「えーー!!?そんなのって、アリぃ?」

「ズルよね、私たち試験がんばって、やっとの思いで合格したのに!」


 おーい聞えてるぞ。ナップサックを担ぎなおすふりで4人を見なおす。クマDNAを強調したいのか、一人は左右の髪の毛を動物の耳風に盛り上げていた。オレを見る目がすごい。なんというか、床にこぼした牛乳をふき取ったまま放置したカピカピになった紙ナプキンを拾ったような、汚らわしい物体に遭遇したかの眼つきだ。

 言ってる自分で悲しい。


「言っとくけど、オレのせいじゃないからな」

「来るなぁ――ズルが|感染≪うつ≫るぅ――」


 きゃーと叫びながら走っていってしまった。


 ずんっ。足取りが重くなった。重力が増して内蔵が引っ張られたようだ。身体の重さに負けて心がいっそうぐらついた。古代遺産の斜塔なら崩壊したことだろう。倒れたくらいで砕け散らない生物に生まれてよかった。しかし、冒頭の部屋をででいきなりこれか。RPGだって村を一回り楽しめる時間はあるそ。

 やっていけるんだろうか。


『ガニメデ経由エンケラドス行き便は、ただいまをもちまして乗船手続きを終了しました。出航は37分後となる予定です。お見送りのお客様は、U05デッキの展望ルームにてお願いいたします』


 アナウンスAIが男の声で木星と土星の衛星へいく定期便の出航を告げた。地上のとはちがってお堅い感じがする役所風。案内板に流れる文字にも飾りがなかった。アニメキャラ採用してないんだな。


 毛糸よりも細かった自信がぷつぷつ切れてクモの糸並みに極細になった。自分で言うのもなんだが、けっこうナイーブなんです。いかん。始まったばかりでめげるとは何事だ。ぜんめつするとはふがいない。とにかく情報を収集しないと。


「誰かに聞けってっ言われてもな。不親切だな」

「ちょっとキミ」


 どこに行くのか。なにしに行くのか。あ、惑星に移住するんだっけ。

 じゃ、なにを聞けばいいんだ。なにがわからないのかがわからない。

 人の動きが活発になってきた。同年代とおもえる人も多いが、みんながオレを避けていく。さっきの4人組と同じように。オレだけハブいたSNSでもあるのだろうか。この情報拡散力はなんだ。


「そこのキミ」

「関西弁のチビ男は、貴重なヤツだったんだな。おっここだ。ミーティングプレイス」


 ゴシック調のシルバー文字で”Meeting Place”とあった入り口。開放された鉄製防火扉をくぐると、まあまあ広いアリーナがあった。市民体育館くらいはあるか。左右に10段ほとの観覧席がならび最上段の後ろには、最新のモニター。オレがいた部屋と同じく外の景色、宇宙が映されていた。


 たくさんの人がいる。こいつらが、パイオニアとやらか。160人いるってことだが、少なくともオレとチビ男と、出て行った女4人組は除かれるんだそう。


 整列という並びはなく、知り合い同士らしき数人づつの男女のグループが、あっちへこっちへ動いては、他人を気にした風も無くだべりあう。嬌声をあげて背中を叩かれ、慌てて口を押さえる女子。握手を断られ打ちひしがれた男。ブラウン運動のようなポケットのないビリヤードのような、じつに能動的な行き来が展開される。


 ボッチもいるにはいるが数は少ない。正面わきに、20代後半とみえる大人たちが20人ほどみえる。彼らの教師っぽいたたずまいと、全体のざわつき具合が、月曜の朝礼前の校庭を思い出させる。


「こらっ、バイトに間に合わないで失神したニート寸前のクセに先遣隊参加を迷ってるダブり男、桜岱 幸連(さくらたい ゆきや)




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