4話
長い髪をなびかせて歩く女性は、軍隊における【ハイポート】のペースを保つ。競歩選手もびっくりの早歩きだ。やはり、いっそ走ったほうが楽じゃねと、思う。
右手に紙型デバイス左にチケット。足だけで速度を保ち息も乱さずクエスチョンしてきた。
「……19歳、男性。間違いないわね?」
「あ、はい」
「……DNAはクマ型。合ってる?」
「は、はい」
「キミ、三十分前に集合っての聞いてなかった? 三十分遅刻ってどういうことよ。手続き、検査、検疫、気圧調整、着衣……どんだけ時間がかかるか理解してる?」
「ぜいぜい……え?あの……」
担当者はよほど慌ててるようで、自分の責務を果たすことで精一杯のご様子。訊きたいこと、必要項目だけを立て続けに詰問してくる。オレと目を合わせることさえしてない。三十分前って怒られてもな。なんのことだか。
乗り込んだエレベータは広かった。我が家の15畳リビングに匹敵するかも。閉じたドアは、上下の移動を感じることなく10秒ほどで開いた。降りたすぐ目の前には別のドアがあった。女性はチケットを返して寄こした。自らの右手を手形をしたパネルにあてがうと、顏の高さで揺らいでる直径三十センチのパネルを正視する。掌センサーと網膜センサー、それと貌認識センサーか。各々はよくあるセキュリティだが、ひとつの入り口に3つは過大だ。どんだけ厳重なんだ。
「スフィアイミグレーション機関 大空水芭」
ゆっくりとそう名乗った。声紋もか。オレ、どこへ連れて行かれるの。無事に帰れるんだろか。大空水芭さんっていうんだな。歳は三十歳手前ってところ。大らかな良いい名前だ。性格と合ってないっていったら怒るかな。
『確認しました、おおぞらみずはさん』
聞いたことがある男性声優の声で、ドアが了承する。アクション映画を思い出した。やたらと女性にもてる政府工作員が主人公の声だった。
シュパーという空気が漏れる音がして、三重の扉が順々に半円状に開いた。つかつかと入った無言の彼女。その後に、おっかなびっくり続く。学校の玄関ほどあるガラス張り空間があり、それを過ぎた先に、小規模な体育室サイズのフロアがあった。五つにパーティションされ、中にはそれぞれ一脚の椅子とテーブル。4つは誰もない空だが、ひとつのパーティションにだけ女性が座っていた。どうやら着いたみたいだな。
ここが面接会場なのか。なんか場違いな感じがある。なぜなら、待ってた女性は白衣でどうみてもナースさんとしか思えない。本物か、それともウケ狙いのコスプレ面接係か。どちらにしても話のわかる会社じゃないか。
「通常の三分の1も時間がありませんから。直接搭乗してもらいます」
「搭乗……ですか?」
「最低限の本人確認として、DNAだけは採らせてもらいますから。袖をめくって手を出して」
大空水芭に背を押され、椅子に腰かける。ナースさんの手がてきぱきと、手際よく動く。オレの、袖のボタンを外して肘までめくりあげたかと思えば、痛っ、すぐさま注射器を刺して血液を採取した。シャーレっていったっけ。テーブルに置かれたそのガラス製の底の浅い容器に血を一滴だけ垂らす。
皿の上に文字と数字が浮き上がったのには驚いた。魔法――ではなく生体の健康を診断できる装置だったようで、透明のスクリーンに文字表示されたのだ。
「DNAタイプはクマ型。伝染病その他、健康にも問題ありません」
ナースさんが、判別結果を無感動に読み上げたのを聞いた大空水芭が明らかにホッとしてる。それはいいが説明なしか。すこしムッとした。オレは手をひっつかまれて立たされた。部屋の奥の、より厳重なドアの前まで引っ張っていかれる。今度はなんだ。面接はどうした。
ドアのそば、足元にはナイロンカゴが置いてあった。変哲のない、そこらのホームセンターで買えるものだ。指差した大空水芭が、新たな指示をだす。
「脱いで」
「ぬぐとは?」
「脱衣するのよ。ほかなにがあるの」
言葉を知らない子供をあやすような扱いだ。聞き返したオレは悪くないぞ。バイトの面接で、血液検査でDNAを調べられ、裸になれと言われる。血をとられるだけでもイヤなのに、説明もなしに服を脱げという。怪しさを疑わないヤツがどこにいる。
「オレわ面接にきただけなんだけど?」
悪事を働く意向ならば、いかつい兄ちゃんがお出ましするほうが、よほど正直だし精神衛生の上では健全だ。オレは結構温厚な性格だ。だが、さすがにこれは頭にきた。なにがバイト面接だ。付き合いきれんわ。
「このカゴの中に、荷物と上着のシャツとパンツと。とにかく脱ぐ。中に入ったらミストシャワーと紫外線照射とオゾン乾燥が待ってる。終わったら次のドアがあいて別の人が待ってるからね。抵抗しないで従うこと。いい?」
この展開は知ってる。
子供の頃に読んだ「注文の多い料理店」に良く似ていた。
胡椒をまぶされ、大皿に載せられる未来が待つ。
「やってられるか!オレは帰る!」
「……またなの? はぁ……たまにいるのよ」
「たまに? 正気な人間なら当たり前の反応だろう?」
「キミね。誓約書があるのよ。これは銀河法に照らして有効だから、逃れることはできないの。知ってるわよね?」
「誓約書ぉ?」
「これよ」
抱えてた別の紙型デバイスを、しなやかな指先に挟んで、鼻先にぐいっと突きつけてきた。細かい文字でよくわからない……って、銀河標準語じゃねぇか。ハイスクールダブりをナメるな。半分も読めねぇよ。自信をもって解読できたのは一箇所だけ。一番下に書き綴った手書きのサインだ。
なるほど。
おかしいと思ったんだよ。てか、ゲート番号が21になったあたりからずっと違和感が胸のあたりでざわついてた。大空水芭は、オレとヤツとを間違えてるんだ。
「オレ、小黒部 夕一じゃないんだけど」
夕一は、ロケットに乗ると言ってやがったが、それがこれだ。ヤツは騙されてたのだ。文明の進歩は、正だけなく負の発展も遂げている。確かにロケットに乗って宇宙へ飛び立つかもしれないが、そろらくそれは、ヤツでなく”ヤツの臓器”という筋書きだろう。
細胞から臓器を造って移植できるまで進んだ医療だが、若い臓器を渇望する年寄りの金持ちというのが一定数いるという。健康な臓器は高値で闇取引されてるそうなのだ。内蔵も高いがそれよりも高値がつくのが脳だとか。頭蓋をパカリと開いて取り出して、固有人格を消去して人格回路を植えこむ。
するとどうなるか。一般的なAIやクローン脳よりも優秀な生体管理マシンの誕生だ。工場管理や、憧れの宇宙船勤務がキミを待ってる。電脳基盤に支配されてしまった脳に、喜びという感情が残っていればだが。
筋書きはこうだろう。
宇宙でのお仕事という甘い蜜でおびき寄せて、契約で縛る。健康状態を確かめて殺菌消毒。内臓を切り出してロケット積み他の惑星へ。宇宙船の光速航行は、現時間と体感時間に溝をつけるジレンマをはらんでる。よって、太陽系を飛び出した旅行者は故郷の住人が生きてる時間に戻ることはない。人一人が消えた証拠を掴むのは困難だし訴える家族はもういない。現代の「注文の多い料理店」。なんと合理的な闇ビジネスだろうか。
闇に闇市がひっかかったとは、ユカイすぎるジョークだが、オレは引っかかってやらん。何せ切り札があるからな。切り札というのは夕一本人じゃないという事実だ。誓約書とやらは、無効だ。
「本人じゃ――ない?」
「その通り!オレは桜岱 幸連だ」
どん。胸を張って答えてやる。どうする大空水芭。貴様らの陰謀もここまでだ。泣いて謝罪するか。笑ってゴマかすか。覚悟を決めろ。
オレは女の行動を待ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「またなの?」
え……またって言った。
ごめんなさい、じゃなく?
「たまにいるのよ、本人じゃないって言い張る人が」
なんだそれ。
「いや、オレは本当に……」
「今日だけで、三人目。怖気付く子っているのよね。やになるわね」
「三人……怖気づく……?」
嫌な方向に空気が動いた。本人が本人じゃないって言ってるのに信じないとは。
「お仕事よ、ナースさん」
「ナースさん?」
振り返ると白衣の天使がいて、無表情な瞳がかすかに光った気がした。いつ移動した。拘束する気まんまん。臓器を抜かれてたまるか、五体満足の未来をキープするためなら、か弱い女性だって容赦はせん。しぶしぶだけど、オレは覚悟を決めた。
「いざ、かかってこいや」
脅かせば怯んで道を開けるだろう。そうと考えて、格闘技然としたわざとらしい左構えをとる。ひるむどころか、なんと、手首をむぞうさに掴んでくる。当ては外れたが、ここは焦らず方針転換。振りほどけばいいだけだ。
手を外そうと、肘から大きく腕を回した。
だが、離れない。
いや、腕が動かない。
ナースさんが口を開く。
「第328事業における対象該当者が160名。12名が直前拒否、そのうち3名は他人名を語っての偽装行為。百分率は前者が7.5%、後者が1.875%。第一回事業に比較してそれぞれ、0.5ポイントの上昇。ですが、327回までの平均値では、ほぼ予想の範囲内にあります」
この特徴的な喋りかたは――。
「アンドロイドかっ?」
「アタリよ」
「正解です」
世の中、ロボットの働きなしでは、成り立たない。主な活躍の場は工場や土建で、作業特化した形状にデザインされたロボットは、疲れ知らずで働き通す。メンテ以外一日も休まないでの稼動もできる。もっともエネルギー事情と市場が、それをゆるさないが。
人型は、万能型とも呼ばれる。人間にできることはなんでもできるゆえに、価格は莫大で受注生産となる。数はとってもすくなく、実物をみたのは、アイドルロボットのライブくらいのものだ。ロボットはその作業にみあった形状に造られるので、ナースであれば、看護や介護に適した、上だけ人間でタイヤ走行する看護婦型が一般的。目の前のナースさんがアンドロイドだったなんて想像できるものではない。
手を振りほどこうと、もがいたが、相手は機械の塊。力任せという手段が通用しない。じたばたしてるうち、もう一方の手首も握られてしまい上へつかみ上げられた。身体をぴったり押し付けられ、ふんばることもできない。厄介すぎる。
「離せっ」
「あなたの氏名は、私に命令権をもつ人物の序列1000番以内に記録されていません。却下とします」
左手を握ってるナースさんの手の甲の皮膚に、3センチくらいの穴が円状の開いた。中から、いかにもロボットといった風の金属質の何かがでてきた。細い手だ。その手はミニチュアサイズの注射器を握っており、躊躇無く、オレの手に向かってきた。
「や、やめ――――」
オレは意識を手放し、本日2回目の暗闇が訪れた。
永遠になるかもしれない暗闇が。