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5話



 密閉された空間に共通の空気がある。わずかに伝わる振動から乗り物の中だとわかるが、そうでなければデパートの地下とか学校の廊下と言われればそうかもと納得するだろう。航行中のこの宇宙艦は、地上の常識ては測れないほど巨大なのだ。


オレは、自分の足で乗艦してないぶん、体感的な理解が追いつかない。心だけ置いてけぼりをくらってる感じだ。そのうち埋まっていくことを期待したい。


「ここが居室か。なんもないな」


 主任がメールで教えてくれた部屋に到着した。スライドしたドアをくぐると壁が視界を塞ぐ。部屋を間違えたかと戸惑うこと数秒。ドアが閉まると壁は消えた。光学迷彩。暖簾やレースカーテンに代わって室内のプライベートを護る工夫か。


部屋は狭かった。4つのベッドと机代わりにもなる書類入れ、埋め込みのクローゼットがあるだけの簡素な六畳くらいのたたずまい。座って半畳寝て一畳か。着替えて寝るだけなら十分。スペースの限られてる艦内に文句は言うまい。なんだけど、これベッドの数が多くないか。荷物も多いぞ。


「他にも誰か寝るのか」

「そう、ぼくたちの部屋」

「ひぇ?」


 驚いた。直ぐ後ろにシキモリがいたのだ。


クマDNAとしては小柄なオレだが、シキモリの身長は、その腰ほどでしかない。小学生サイズの娘が当然とはがりに胸を反らす。


まとわりつくようにずっと一緒についてきてたのは知っていた。部屋が近いのかと思っていたが。

ぼくたちの部屋だと。何を言っとるんだこの小娘は。


「驚かれたことに驚いた。カップルは一緒に寝起きするのがここのルール」

「そうなのか………。いや、いやいや。なんでだ? それ風紀的に間違ってるだろ!」

「こかんの、ごほん。この艦の目的は惑星ファイモットの探索と初回移民。子作りは奨励されてる」

「子作りなんて言葉いうなよ。子供のくせに」

「ぼくはもう大人。ダーリンよりも大人!」


 カンに触ったらしい。胸の成長ををムキになって強調する。たしかに出ているところはでていて、くびれもある。だけど見上げてくる顔はやはり幼く、総合的には小学生、とりつくろってもせいぜい背伸びした中学生だ。


 抱きしめたくなったとしても、それは可愛いさにたいして抱きしめて護ってあげたくなる衝動だ。クマのぬいぐるみやリスなどの小動物を愛でるのと大差ない。DNAはレッサーパンダらしいが。可愛いけれど、恋愛対象になるかといえばちょっと違うのだ。


ぷんぷん怒った仕草は、わやよりかわいさを引き立ててる。


 オレもクマDNAに縛られているのだろう。オレより年上だといわれてもなぁ、奥底につきまとってくる、この背徳感はぬぐいきれない。年相応に恋心の湧くような相手でないと。欲情っつーか、下心すらわいてこないのだ。ならば誰がいいかと聞かれれば…………。


「ぼくは大人。身体はコドモにみえても中身はオトナ。〇〇〇もオトナ。ごもごも……」


 何を言い出すんだこいつは。暴走してるぞ。なんだか。なんかヤバイ、慌ててふさいだ口はすごおく軟らかかった。ほんのり女性を感じるくらいに。瞬殺で前言撤回か。主体性のなさに我ながら驚いた。ベッドがちょこっとだけ気になりだす。オレも変な気になってきたのか。いやいやダメだろう。


 少しごねたシキモリだが、静かになったので手を離した。


 濃い目な眉毛。黒い瞳がうるうる輝く。わずかに赤みのさした頬には、照れというか明らかな動揺があらわれてる。無表情を気取ってはいるけど気持ちを隠せないタイプなのだ。震えてる手にひきつけられてると、はっとして背中に隠した。


「ぼくは、あなたとヤる。ヤリたくはないけどヤル。そうしないと、艦から放り出される。21歳の若さで、宇宙で孤独死したくはない。ヤリたくないけど、やるしかない」

「はぁ?」


 そうですか。本音が駄々漏れだ。宇宙に放り出されるって。誰がそんなことを。


「前戯や挿入方はを調べておくいた。ダーリンはぼくに従ってまかせてくれてればいい」

「本心は乗り気じゃない、……ってことな」

「子種があればいい。手出し無用に願いたい」


 オレは種馬か。なんだかな。力が抜けていった。

 いやまて、またまた相手のペースにハマってしまってる。

 こんなときは、こんなときは人生万事……。


「人生万事、海洋のトラ。諦めが肝心」


 シキモリが迫ってくる。マジか。マジなんだろうな。覚悟を決めた目をしてる。

 童貞歴19年。さまざまな妄想を従えて夜を越えてきたもんだ。相手は必ず都合のよい美少女。有名タレントや女優、声優、同級生などだ。シチュエーのバリにも自信がある。想像とは男の下半身ともに進歩した物語であるのだ。


 だがそこには、厳粛なる禁則事項があった。女子とオレは合意しているか、オレが女子に合意を求めるという、空想上の約束事が存在したのだ。迫りくる女子にビビルなんてことはまったく想定外。どうやって回避すればいいのか、さっぱりだ。これは未経験男の限界。もろさなのかもしれない。


「待て待てシキモリ。いやハニー、人生は長いぞ。自分の身を大事にしろ」

「既成事実期限まで15日しかない。だいじょうぶ。痛いのは最初だけとガールズトークサイトにあった」

「だから、その期限はなんなんだ?」


 狭い部屋だ。一歩しか下がれずぶつかったベッドに倒れる。無防備に後ろに転んだせいで、正面からシキモリを向かえる格好になった。オレの足をわっしと開き間に入りこんできた。


「そのままじっとして。ダーリンが目を閉じてる間に終わらす」


 息が荒い。おいおい。オレの理想的初夜はこんなじゃなかったぞ。このままロリに奪われるのか。


「おいまて。男の身体はそう、都合よくできてないぞ」

「勉強してきた。勃起の準備に抜かりは無い」


 足を閉じたいができない。シキモリの上半身ががっしり侵入してしまってた。ベルトに手をかけた。なんとか誤魔化して時間稼ぎを。


「あ、そうだ。無欠運営者(リニクター)ってなんのことだ?ほら、大空主任のっ」


無欠運営者(リニクター)は、土星の衛星「エンケラドス」のセカプラ社の、教育・マネジメントに特化した非常に高額なクローン人間。18歳から25歳の女性として『大空・R・名前』のコードネームで、主に官公庁に出荷される。ベースとなるのは西暦2312年に実在した人間。初代社長がモデルともいわれるが定かではない。ちなみに年に12人の限定販売、以上。理解した?」


 説明に要した時間は12秒フラット。その間にもよどみなく手を動かす。しまった。この程度の情報はこいつの思考を妨げないのか。所詮は女子の力、パワーの違いを見せ付ければ逃げおおせるのはわかってるが逆らえない。にじり下がるのが精一杯で体が言うことをきいてくれない。するりんと、ベルトが抜き取られた。


「ご、ご飯、うまかったな」

「朝食も楽しみ」


 ホックが外された。


「し、シキモリんとこは、有名な地方財閥だよな?、ここにくること、家族は、反対しなかったのか?」


手が止まった。家族が弱点とみえる。


「あんなの家族じゃない」


ぎゅっと口を閉じた。やべ、重そうな話か苦手だ。


「話したくないんなら、無理にとは……」

「あの人たち、一族を強く大きくすることしか頭にない。勝手にDNA操作したくせに弱く生まれたぼくは、雑に育てられた。……それでもまだましなほう。弟のひとりは誕生してすぐ死んだ。アリクイDNAなんて……」


「アリクイ?」


 コクリと、オレの足の真ん中でうなずく。


「親も、その兄弟姉妹たちも、いつでも競争してる。パワー、頭脳、心理操作、お金。強い人は権力を握って弱い人を虐げる。それが四季森の一族。弱いぼくには結婚さえ許されない。だからここに来た」


 聞くんじゃなかった。思った以上に重かった。重くるしい体験は間に合ってるのだ。


「たからぼくは、新しく家族を作る!!」


 動きが加速した。オレのズボンを剥ぎ取ったシキモリは、返す手で自らのキュロットを下ろしはじめた。


「あ、そうだ、風呂だ。そう、風呂に入ってからにしないか」

「お風呂?」

「そ、そうだ。は、ほら、何かと忙しかったし、二人とも汗かいてるし、な、な」


 ズボンを脱がす直線でようやく止まった。


「お風呂……わかったそうする」


 汗の匂いが気になってきたらしく、胸のジッパーを開けてくんくん。納得してくれた。オレとベッドから降りたシキモリは、クローゼットをパタンと開ける。


「ほー」


 ぐったりして仰向けになる。強張った肩を伸ばす。とりあえず今回はどうにかなった。だが、時間の問題だ。シキモリとオレが同じ部屋で寝起きする限り、いつかは押し切られれる。さしあたっては風呂上りに。1時間から2時間後だ。童貞喪失、いや、ロリ襲撃のターニングポイントは、わずかに先送りされたにすぎなかった。


「着替えるから、こっち見ないで」

「……。そういうものなのか。見ないけど」


 四季森 千走(しきもり ちわす)が嫌いなわけじゃない。思い込みが強いがストレートな正確には好感がもてるし、美少女といっていい容姿は隠しようも無い。彼女だぞーとおお威張りしたいところだ。


なかば脅迫的背景でくっついた特殊状況でなければ。それと、ロリでなければ。実年齢は十分とわかってはいるが、背徳感がつきまとう。なによりそれ以前、オレのミスターが反応しない。立たない。古臭い表現をすれば礼拝中の神父並みの頑なな聖職者を気取っていた。知られてなるものか。


「しかし15日ってのはなんだ?」


気になる。個人幻燈(アイスクリーン)にキーボードも表示させて艦内ネット検索に検索をかけた。15日と、あとは……後尾だな。トップにはお決まりのコマーシャル。艦内の閉じたネットのくせに企業は入り込んでる。


「これか。大空の、主任でないほうの動画だな」


短髪の、凛々しいというより男前な大空某がデジタル黒板を背にしてる。



「いいか。航行が予定通りならば20日後にワープする。出発後、15日後にはカップルで準コールドスリープとなるので五日の間までには後尾し、女子は受精してることが望ましい。集団見合いで相手は決まってるな。契約に則り拒否権はない」


な、何を教育しとんだ。強制わいせつって違法だったよな。それを組織でもって形式化するってか。いや、知ってはいたよ。子供を作って移民団を大きくするのも、大事な仕事だ。だけどなあ、AVだってもっと情緒があるぞ。


「万が一従えない場合は一人用カプセルに乗せて惑星に射出する処置を行う。今回は冥王星に最接近するルートを選んだ。最果て極寒惑星で労働力として身を粉にしてもらおうか。それが嫌ならば、頑張って押し倒すことだ!」


そこまでやるか。こうなると、もう、人生を人質にとられたと同じだな。シキモリが必死になるわけだ。




 扉が開いた。


「やっとまいた。しつこいったらもう。あのー失礼します……」


 天北咲来(あまきた さくる)だった。




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