4話
「おい待てや」
声は京極っぽかった。一度聞いたら忘れられない関西弁。まず間違いないだろう。
それはとりあえず無視ということで、エアロックへの階段を駆け上がる。どうせロクなことじゃないに決まってる。
「こ、これが」
鋼鉄の扉だ。わずかな空気すら漏らすまいと密閉性高く閉じられている。硬質ガラスの小窓を覗いた。うっすら灯ったライトに照らされた影はまぎれなく移動砲台。攻撃、防御、艦メンテと、オールマイティに活動する兵器だ。ガンデッキ内なら直接触れられる。一機くらい整備か調整でドッグ入りしてればよかったのに。ぶ厚い扉の奥で静かにたたずむ勇士に、感激が止まらない。ほおずり、ほおずり。
思い存分ずりずりしてそれなりに気が済んだところで、所定の面会を終えた囚人の気分で冷たい手すりから身を乗り出す。相手してやるか。いたのは京極ひとりだけではなかった。
「のんびり待たせて、どエライ身分じゃの」
クマちゃん顔の旭山雲海、オレの嫁となった四季森 千走、四人娘の一人で熊の耳ヘア。それになんと天北咲来がそこにいた。なんだこの顔ぶれ。疑問すぎる。
首をひねりながら階段を降りた。天北咲来が、探るような上目遣い。何かを言おうとするが声になる前に下を向いてしまった。フェイスマスキングを施した三つ編み委員長モード。艦の大人連中も思い知ったろうな。そういうオレも直視は避けた。ここまで接近したのは小学校以来かハイスクールまで同じだったのに。ほんの数票だが気まずい空気が流れた。
空気という空気を気にしない、無酸素でも生存できそうな京極が力説してくる。
「僕ら同じ班やで。それ教えたろと待っとんのに。なに無視して変態やっとんじゃ」
「班って?」
シキモリ聞いたつもりだったが、答えてきたのは京極だ。当然だけど。
「班は、はん、やっ」
小柄な体格を精一杯使って床をどすどす踏み鳴らす。あいかわらず説明足らずなチビ男だ。まあ、班が何かといわれても班としか答えようがないかもな。正しくは集団を何人かずつ、小分けにした小集団のことだけど。40人くらいにクラス分けして、さらに分けて班にしたわけだ。しかしこのメンツ。作為的なものを感じる。
「どうやって決めたか興味あるな。主任、いや教官か。何か言ってたか?」
「教育指導コンピュータによる、無作為だそうや。あの人、主任ちゃうで」
「違うもなにも、大空愛花だろう」
「ふんふんふん。大空冬峻や」
人差し指を左右にふり、わかっとらんなぁと知ったかぶりする。
「しゅん?」
「大空いうんは、無欠運営者やど。そのくらい判れ」
「リニクター?」
「ああああーーもうもう!!」
牛か。牝牛が鳴いていると思ってると、京極が横へすっ飛んでいった。
何がおこった。
「もうもうもうもう。あなた達!話しが進まなすぎてイライラするわ」
一歩後ろに控えていた熊耳ヘアが、ずずいと出てきた。京極を横に飛んだのはこいつがぶん殴ったかららしい。作業机にぶつかったチビ男は腹を抱えて悶絶。固定されて微動だにしない机にボディアタックし、運動の法則で、自らの体重の倍の衝撃をうけたらしい。
熊耳ヘア女が太目の眉毛を『逆ハの字』にして腕を組んでる。後ろでは、シキモリはオレを睨んでる、咲来は静観の構えだ。旭山雲海はスマホをみながらスクワット。この男は明らかに興味なさそうだ。自分の部屋に帰れよ。
「とっとと話を終わらせるわよ。お風呂に入ってゆっくり休みたいから。いいわね」
「言いたいことはほとんどわかってる。無欠な無作為抽選だな」
オレは理解力が高い男なのだ。
「あなた、絶対わかってないわね」
「わかってるぞ。この班は見知った顔ばかりだ。知り合いのいない、いや少ない人見知りのオレには都合よすぎる人選だ。つまりはオレのための人選だ。優しいんだな主任は」
「はぁ~…………そーゆー解釈をしてくるなんてさすがダブニー。あきれを通り越して尊敬するわ。太陽が西から昇るわよ」
宇宙だしそういうこともあるだろう。いや、いま太陽はずっと後ろで、ここは
宇宙船。二度と沈むことはないはずだが、これを言ったら京極の二の舞だな。
「ほかに何があるのか?」
「クラスのほか班の人数は、10人から12人。無作為抽選ならどこも10人になるのが適当。この班だけ5人というのは意図された人選。ぼくとしては不本意だけど。問題児の在庫処分という形容が適切」
ここまで黙っていたシキモリが口を開いた。ふてくされてるようだ。
「誰が問題児だって? ああ……京極なっ!」
「アホ垂れかっ。イテッ」
叫びながら立ち上がった京極が、机の角に頭をぶつけた。アホはどっちだ。
「言いたくないけど言うわよ。いいダブニー? ランキングナンパの京極は言うまでもない。四季森 千走は自傷出血騒ぎ。天北咲来姉さまはリーダーに選ばれたほどの美しい優等生だけど、あれだけ暴れれば扱いも変わるわよ。そして、それにトラブル男よ」
言われてみれば。だがそれでは、この女が混じってる理由にならない。
「まったくねぇ、なんでこんな問題児だらけグループにわたしがいるのよ」
「それはこのぼくのセリフや。頭脳は明晰、行動力は折り紙つきのぼくやで、暴力女やトラブル男と一緒にされるのは気に食わん」
「あんたが言うの。また腕折られたいの」
ナゾが一つ解けたな。さっきの容赦ない攻撃からも、この女には参加資格がある。
だけど、ナゾはあとひとつ残ってるぞ。
「しかしわからないな、トラブル男って誰のことだ?」
みんなの指がオレを差した。京極源水、旭山雲海、四季森 千走、熊の耳ヘア、天北咲来。まとまりある班に成長しそうだ。
「『さくるをみるなー』言うたやろ。それまでダブニー騒ぎもあんけど、それが決定打や」
「それがどうかしたか?オレは巻き込まれないように注意しただけだ」
「見るな言われて見んアホがおるか。小型デバイスの動画思い出してみ。全員がステージの天北はんを見て…………被害が増えたんや」
そうだったのか。加害者咲来は申し訳なさそうに下を向いたままだ。
「咲来さまのせいじゃないわ!。ぜんぶ全部全部この男が悪いのよ!」
咲来を擁護した熊耳。何度目かになる、温水ですら氷になりそうな冷たい視線をオレに放つ。
「さくる、さま?」
「咲来さま?」
オレと咲来がハモッた。
「あの容赦のない暴力。男を理不尽なまでに殴り倒したパワー。わたし、一目でとりこになりましたわ」
祈るように両の手をあわせひざまずく。女神を慕う天使のような恍惚の表情で咲来を見つめる。熊耳ヘア女は新しい自分に目覚めたのだ。あきれてると、ぐいっとオレの方に翻って、またしても指を突きつけてきた。
「ダブニーのくせに幼馴染だなんて咲来さまを冒涜するにもほどがあるわ」
そんなこと言われてもな。偶然、家が隣だっただけだ。
「お姉さまに指一本ふれてごらんなさい。わたしが成敗してあげる。関節という関節をポキポキ逆おりしてあげるわ!」
拳をつくり指の関節を鳴らし、耳まで避けそうな口で貌が嗤う。さっきの天使は悪魔になった。堕天使だ。咲来が熊耳ヘアの肩を抑えた。
「悪いのは私なの。幸連のせいじゃない」
「ゆぅくんて?…………お姉さま……」
いまその呼び方はまずいだろう。稼働中の原子炉にプロトニウムを投げ込むようなものだ。熊耳ヘアは顔を真っ赤。人類の進化絵のごとく怒りが徐々にアップしていくのがわかる。さくるをふりほどいて、オレに腕を振り上げた。
「…………ダぁブぅニぃー!!!」
「☆▼%#¥☆!!!」
脳天に衝撃が走った。衝撃どころではない電撃である。痛みの出所は下の方。この痛みシステムには覚えがあった。塀越えにつまづいて、大事なところをぶつけた男特有の激痛。熊耳ヘアは腕をあげて固まったまま。こいつの挙動は警戒してたのに動きがみえない。まさか、ロケットパンチか気功砲か。
一瞬の困惑の後、反射的に股間をおさえると頭は自然に下を向いた。オレに突き刺さってる物体の正体がわかる。四季森 千走。彼女がよりによって急所に、股間に頭突きをかましたのだ。
「て……め……痛っ……」
「なんで、この女ばかりをみてる? 妻はぼくなのに」
そーこーかぁ!!。
怒るなら穏便に怒れよ。熊DNAは過激でいかん。
視界がぼけて、思考が薄くなっていく。
また気を失ってしまうのか……。
せめてジャンプしないと、た、玉が……
「ダーリン」
聞きなれない単語が、オレの心に警鐘を鳴らした。ここで倒れてはいけないと何かが告げる。薄暮に包まれ危うく薄れゆく寸前だったホワイトアウトな背景が、カラーを帯びて復活した。
「ダーリン?」
シキモリがこっくりうなずく。
「伴侶になったんだからダーリン呼びが適当。ママはそうしてた」
欧米か。家庭の事情がうかがえる言葉だ。うちの母親は父ちゃんって呼んでたっけ。金持ちは違うなぁ。仮にもパートナーということになったのだから、オレも、”ちわす”とか、くずして”ちー”とか呼ぶことになると構えてはいた。オレの事をどう呼ぼうとシキモリの勝手だ。不本意だが。
「だからダーリンも、ぼくのことはハニーと呼ぶ」
「はぁ??」
「ハニー」
オレの顔はいま、どんな事になってんだ。想像するに、小魚にラリアットを食らったワニのように大口を開いていたのだろう。咲来のままごとに付き合わされた幼い記憶が蘇る。ケツの底がそわそわする落ち着かなさを思い出した。警鐘の正体がこれか。
「京極……」
「はは、ハニーって、よ、呼んでやらな。だ、ダーリン君。ぷ、ぷぷぷ」
助け舟を出してくれるような男じゃなかった。
「おい、熊耳ヘア」
「誰が熊耳よ。わたしは南五条よ。よかったじゃない。ダブニーよりかマシよね。ダぁ~リ~ン」
咲来の表情は、下唇をかんでいてよくわからない。旭山雲海は、『……にじゅうういち……にじゅうに……』手すりにぶら下がり懸垂をしてた。
「成績上位の班は一等地の探索権利がもらえるのよ。美味しいミツバチの巣が寄り集まってる場所を専有できるの。絶対とるからね!」
ふんぬっと勢い込む。なるほど。一等賞になって美味しい蜜をゲットすると。教官も考えたな。人参をぶらさげるのは、ありきたりだけに効果的だ。やる気がみなぎってくる気がする。
いやまて。目をぎらつかせてる南五条に、オレは不安を覚えた。物事には裏と表がある。巣が寄り集まってるということは、ミツバチがわんさと攻撃してくることに他ならない。成績上位チームに特典を与えてるようにも見えるが、レベルの高いチームに高度なミッションはエンタメ映画の常識。つまり危険度の高い地域に腕の立つ連中を送り込むってことだ。
未知の惑星のミツバチだ。既知の尺度で能力を測れるはずがない。危険度はかなり高いと見た。全力で足ひっぱっていいよな。絶対最下位になってやる。
「なるほど。わかった。頑張るよ」
「それとな。成績が振るわん班にはペナルティが課せられるらしいで。連帯責任がかかってるよ」
「連帯責任? 何をするんだ?」
「雑用、居残り勉強、休み無しのトレーニングってところや。足引っ張んなよ」
「なるほど。よーくわかった……がんばるよ」
最下位は避ける程度に手を抜いて足をひっぱる、か。難易度上がったな。
腹がぐぅっと鳴った。オレかと思ったが、シキモリだった。
「お腹すいた……」
そういえばしばらくなにも食べて無いな。時間の感覚もなくなってるし、いったい、宇宙港から何日すぎているんだ。個人幻燈の時間は、16時42分を示していた。
「食事できるとこあるのか?」
「探査員食道があるわ。朝昼晩そこで無料で食べられる」
「じゃそこへ」
「その前に終礼よ」
「なんだそれ」
「朝は朝礼でその日の予定を告げられる。仕事が終われば終礼ね。それも規則のひとつらしいわ。いかにもお役所ね」
Sデッキにベースルームがあるのだという。食道はBデッキ。食べ物を想像するとお腹がなった、とたんに動くのがつらくなる。オレの体内は食糧事情が限界だったらしい。空いた腹を抱えて終礼の場へと移動。大空のどちらかが何かを前で言ってるが何も耳に入ってこない。食事はめちゃくちゃ美味かった。