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3話


『左に90度曲がってください』


 脳内で声がささやき、同時に足が勝手に左へ進む。”艦内ナビ”システムの威力がすごい。透明パネルの艦内図(シップマップ)は、艦の各階層の概略が一目でわかる3D案内板だ。オレのいるのはCデッキ左舷。画面上、進んでる方向が矢印で目的地はレッドのサークルで点滅してる。スタート地点の医療ブロックから現地点までの軌跡はホワイトグレー、ここから目的地まではブルーで示されて、位置関係がアホでもわかる。で、優れているのはそれじゃない。


『右の通路から女性が飛び出してきます。停止しましょう』


 透明パネルのマップでは、二つのピンクの点が右から近づく。足が勝手に止まりバランスを崩した上半身の鼻先を二人の女性が横切っていった。これなら寝てても安全に着く。寝るか。電脳に身体を乗っ取られたと言えなくも無いが、移動に頭を使わなくいいのは楽だ。カーナビに頼りすぎるタクシードライバーは道の覚えが遅いそうだけど、道順に使う神経を歩行者や運転に振り向ければ、かえって安全運転ができるという考えもある。


「オレは、この先どうすればいいんだ」


 考えにふけるゆとりができた。Nデッキのブリーディングルームまでの急ぎ運転。いや、歩行はオートパイロットのナビにまかせる。


「就職できたってことを、喜べばいいんだろうけど」


 釈然としない部分がある。夢の宇宙。それも開拓調査というエリート艦の一因になれた。もう疑う余地はないんだけど。『棚からぼた餅』っていうか、屋上から餅が臼ごと落ちてきたくらいの衝撃がある。予想しないどころか、買ってもいない宝くじが当たったような。ラッキーなんだけど喜べない心境だ。ほかの探索隊(トレルバイザー)がズル目でみてくるせいだけじゃない。獲得や達成したわけじゃないから喜びが薄いんだな。


『そのエレベーターを上です』


 ()フィア()ミグレーション機関(St)っていったっけ。機関っていうのか銀河政府組織だ。これにだらだら引きずり回されてる感も大きい。ステーションのが出発式だったとしてもピリッとしない式だった。最後に気絶してしまったオレにも責任はあるけど、趣きとか感慨ってのを与えてくれてない。それで、訓練とか教育とかいわれてもなぁ。


『3階で降りればNデッキ、ブリーディングルームは……』


 押した覚えのない3階でエレベーターが停止。これもナビの仕業だ。ドアがプシュっと開いた。開き見えた通路がお花畑でないことに安心して、Nデッキへと踊り出ようとしたとき。


「使うのは私たちが先よ!」


 不穏なセリフ。トラブルだ。艦内図(シップマップ)には、ピンクとブルー合わせて10くらいの点がある。そして目的のブリーディングルームへは左からでも行けることがわかった。すこし大回り道になるか。オレの座右の銘は”君子危うきに近寄らず”。避けられる害厄に飛び込むこむよりマシ。降りかかる火の粉にはすこぶる敏感なのだ。気絶だらけの過去は水に流して塗り替えよう。


 10分の1秒の瞬間思考で結論を下して、身体の舵を左へきってエレベータから飛び出した。トラブルよさいなら。と思った次の10分の1秒後、左を向いた身体が180度ひるがえってしまった。向きたくない右を向いたのだ。


「なんだ!」

『右です』


 無情に告げてくるナビ。なんでだ。目的地を設定したときのことをふり返ってみる。ナビの案内モードは複数存在する。オレが選んだこは一番だ。


 1 時短モード

    最短距離でわき目もふらず目的地へ向かう

 2 タクシーモード

    こちらの要望を受けて融通は利くが世間話が多い

 3 ワガママお嬢様モード

    最終的に目的地に到着するが気まぐれに彷徨う


 究極の3択。これで”時短モード”以外を選ぶヤツはいない。そうして最短距離をズバズバ突き進んでNデッキまでやって来たのだ。なるほど時短か。ほんの30秒ほどの回り道すら許さない、要望を受け付けない仕様だったか。設計者、土下座しろ。


「くそ、行ってたまるか」


 ナビに逆らって再度逆を向いた。


『右です』


 左に到達した体は停止することなく勢いのまま回転。

 つまり、一回転して右に戻った。


 こ の や ろ う……


「こいつは……むんッ!」

『右です』

「これなら!」

『右です』

「どうだ!」

『右です』


 どうやっても何度やっても右を向かされる。壁を使った三角とびやバク転捻り二分の一も試したが、易々と右にされる。クルクルやったせいで目が回る。どっちを向いてるかも分からなくなってきたが、強制的に右を向くのだけは分る。まずい。トラブルに巻き込まれてしまう。そう思ったとき、閃きが脳裡を貫いた。


「そうか、解除すればいいんだ」


 どうせすぐそこだ、位置さえわかれば自分で歩いて行ける。

 自動モード解除でノーマルに!


『解除します』

「や、やったぞー! ハア……ハア…………あ?」

「なにがしたいのよダブニー?」


 最初にオレをダブニーと呼んだ女がいた。そいつを筆頭にぞろりと注がれた二十の瞳。もしかして、ずっと見てたのか。ナビに抵抗してた甲斐が……意味が……。無力感。体の力が抜けて、ふらり立ち尽くす。


「俺が説明しよう。みんな覚えておけ。これは艦内ナビの弊害だ。ナビというのは便利だが使いこなせなければこのように身体を乗っ取られてしまうことがある。自動運動を伴うモードは選ばず表示のみのノーマルを使うのが上手な活用法だ」


 最初に言ってくれ。女医ではなくこの男に教わればよかった。


「勉強になります。教官!」


 教官と呼ばれたのは天北咲来(あまきた さくる)に蹴り飛ばされた短髪の体育教師だった。本当に教師、いや教官だったのか。がっつりとした体格。それを引き立たてるような三本線入りのジャージがよく似合う。


「さっきからグルグルグルグルと」

「そうだ。僕らの研修の邪魔をするな」

「け、研修?、『わたし達が先に使う』って言い合いじゃないのか」

「新地で意見が割れたときのロールプレイだよ。同じ行動でも状況を変えて、有用性か緊急性か優先順位をせり合わせるんだ。理論的に論破したほうか勝ちだからディペートに近いか。シコリを残さない練習でもあるって」


 ロールプレイって、ゲームジャンルの一つだと思ってたけど、そんな使い方があったのか。


「なんで通路の真ん中で」

「室内なんかじゃ、いかにも勉強っぽくなるからな。学生気分を抜くために変則的なこここを選んだが。了解したか?」

「ああ。はい」


 はた迷惑だ。


「ふん。ダブニーには難しかったかしら。目障りだからあっち行って」

「悪かったな邪魔して」


 塞ぐように広がってた彼らは、オレが通れるように道をあけてくれた。抜けたところで体育教師が言った。


「お前んとこも、とっくに始まってるぞ。急げ!」




 仰せのとおり急ぎっぱなしだったんだが、着いたブリーディングルームは空、五十人ほど座れそうな席には誰もいなかった。その代わり電子黒板にでかいメッセージがあった。「左翼ガンルームへ来い」と。


「えー? また移動するのか。左翼?どこだ――なんだこれは!」


 艦内図(シップマップ)が示した左翼ガンルームはわりとそばだった。今いるここも左翼より。けど道のりは複雑で、降りたり曲がったりをなんどもやらなきゃならない。げんなりしながら艦内ナビに目的地を告げる。もちろんモードはノーマルだ。8分ほどの小走りで、ガンルームとやらに到着した。


「つ、着いた『ガンルーム』。こ、ここでいいんだよな」


 中距離マラソンに参加してる気分だ。しかも到着地点からゴールが動く。やってられん。今度は大丈夫らしい。たくさんの人に安心する。


 ”ルーム”とは付いてるが部屋ではなく細長い倉庫に近い。横幅は艦内通路より若干幅広なくらいだが、高さはオレの家ならスッポリ収まりそうな、三階ぶち抜きくらいある。天井からクレーンアームが伸びてる。重量物の移動や修理をしたりするドッグだとわかる。壁の一方は工具や製造設備、もう一方は床から鋼鉄の階段がのぼり、手すりつきの通路とつながっている。20メートルはあるその通路には、3メートル四方に仕切られた重厚な扉が5つ、新人を拒絶するように鎮座していた。

 ドアの正体は一目でわかった。


移動砲台(コンダラ)の……(エアロック)


 ネトゲではなんども操作したことがある。移動砲台(コンダラ)は、宇宙艦に装備された換装自由な移動式砲台兼メンテマシンだ。装備多くを避けない小型~中型宇宙艦に搭載される。襲い来る敵から艦を護ったこともある。ネトゲだけど。


「……以上で移動砲台(コンダラ)の研修は終わりだ。今日はこれで解散する」

「はい教官。ありがとうございます!」

「えー?……終わりなのか!?」


 失望の叫びをあげてしまった。教官と呼ばれたのは大空主任だった。事務係専門かと思ってたが教育係りもやるのか。(エアロック)の前にいた数十人から見下ろされ、オレは見上げるかっこうになる。階段を降りてきた主任をみてぎょっとした。なんというか、いつもの主任とは雰囲気がぜんぜん違ってる。


「有名人がやっときたな。聞いてのとおり今日はおわりだ桜岱(さくらたい )。明日は朝8時、またブリーティングルームに集合だ。蹴り飛ばされても遅れるなよ」


 そういってガンルームを出て行った大空愛花(おおぞら まなか)……だよな。メガネをかけてないし、目がいつよもり赤い。ヘアスタイルは短髪に刈り上げて凛々しく、しかも若くみえる。一言で言えば『アニキ』。ほれてしまいそうにかっこいい。同一人物……だよ……な?


 教官に続いて、ほかの連中――生徒っていっていいのか――もぞろぞろと出ていく。面白かったとか難しそうだとか、思い思いを口にして。小声でダブニーと毒づくやつもいたが、ほとんどがオレを無視。ざっとカウントして全部で40人ほどかと思ってると、ピコンとメッセージ音がした。即席専門家(パーソナライズ)が何かを報せてきたのだ。


 可視化すると大空愛花(おおぞら まなか)からのメールだった。メールにはこのクラスメンバーの名簿が添付されていた。オレが寝起きする居室の場所もだ。口で言ってくれりゃよかったのに。


「居室ってとこへ行くか。でもその前に」

「おい待てや」




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