1話
ここから2章です
「さくる姉んとこ行ってくる」
「幸連、これ持って一緒に食べな」
「またお萩。オヤツならケーキがいい」
「あんたな。ケーキの材料費がいくらするか知ってるの。文句いわないで持っていく! ご家族の分もたっぷりあるって言うのよ。ケンカしないで遊んで来な」
8歳のころ。幸連は、天北家の長女とよく遊んでいた。この年令の男女というのは性差を意識しだす年頃。男は男、女は女で連みだす。異性と遊べばからかわれる年代だが、1歳年上の「咲来はケンカもするが、翌日にはケロリと忘れる気さくな相手だ。体格も近く、大陸古武道の練習相手としてもウマが合った。さばさばした性格は、女子よりも男たちにこそ受け入れられやすいようだ。
「おーい。咲来ぅ。遊びに来てやったぞー」
「幸連くん? 咲来なら、今しがたお隣に行くーって出かけたけど。すれ違わなかったかな?」
「ううん。えーとオレ裏から来たから。姉ぇは、表から出たのかも」
「そうかもね。追っかけてみて」
「そうする。あとオバちゃんこれ」
「まぁ。美味しそうなお萩だこと。ありがとうって、ママに伝えてね」
「じゃ、行くねっ」
「車に気をつけるんだよ」
表から天北家を出た幸連は、自分の家へ走り出す。とっとことっとこ。すぐ隣だからすぐ着いた。門から庭に入ろうとしたとき、ちらりと見えた遠くのほうに、咲来の姿を見つけた。
「あーあんなとこにいる」
幸連は駆け出した。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
目が覚めた。
ひどい夢をみた気がする。160人の男女と宇宙船で17光年離れた惑星に行き開拓するのだという。これだけでも突拍子もないのに、さらに初見の連中から恋人を造れと迫られた。オレの相手は小学生のような女子。夫婦となって子供を作れと強制してくる。そこでなぜか天北咲来が暴走して変態オトコどもを宙に蹴り上げたところで夢は終わった。腹が立った。宇宙に行くストーリーなのに宇宙船すら登場しないんだぞ。宇宙オタクの心を踏みにじるような悪辣な夢といえよう。
悪夢から覚め、どうにか現実に帰還できた。
「で。ここはどこだ」
目を開けるとまたしても見慣れない部屋。『またしても?』 ほんの最近、近似的状況におかれた気がする。そういや、あの夢は、知らない部屋で目覚めたんだっけ。
「よぉう」
「おわっ!」
”のぼっ”とした印象の男が覗きこんでる。ほっとさせる顔である。クリっとした無垢な瞳は絵本にありがちなやさしいクマさんを思い出させる。こんなやつがいるはずはない。夢が終わっていないようだが、眼を覚ましたという感覚はある。つーことは、あれだ。”夢中夢”だか”多重夢”というやつ。夢から覚めたら覚めたこと自体が夢だというパターンにはまったってことだ。まいったな、夢と現実の境目がわからなくなっちまった。
体験したことを自分から隠してしまうを”解離”といって精神的な逃避行動らしい。”解離”だとすれば、オレは何から逃げてるんだ。くまさん男が実はこの世の人間じゃなく、オレの魂を狙ってる悪魔だとでもいうのか。
ならばこっちにも考えある。
「悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散」
合わせた両手を力の限り擦りあわせる。オヤジが教えてくれた悪魔祓いの呪いだ。あのオヤジの言うことだ。効果があるとは思えないが、悪夢にも五分の魂というだろう。とにかくこの場を丸く治められればラッキーくらいのつもりで一心不乱に手を合わせる。
「アホかボケぇ」
ドカッ。どすん。
「…………痛ってぇ」
ベッドから落ちた。感触から察するとケリを入れらしい。のぼっと男かと、逆さになった身体を戻したところで鎮座したナップサックを発見。これって、デジャブだよな。急いで中を開くとサンドイッチが消えていた。21徳ナイフもだ。そしてナップサック外側には点々とこびり付いた血の跡だ。自刃したシキモリの姿がフラッシュバックする。
「夢……じゃなくて現実だったのか」
「おい」
ベッドに仁王立ちしてるのはチビ男の京極。背後にはのぼっとした男だ。どちらとも見下ろしてる視線は、あきれてモノが言えねぇと語っている。
「キミなぁ、いつもそんなんなのか。会う会うたび、けったいな行動しくさってからに。だいたいなんで、いっつも気絶しとんの。番兵ぇさせられる僕の身になってくれや」
のぼっと男のほうは巨大といっていいくらいに大きい。天井に頭が着くんじゃないか。見覚えはないがこのクマさんもあの場にいたんだろう。京極ちびっこぶりが際立つ。
「たいへん失礼なことを考えんかったか」
「ここはどこだ?」
「人の話し聞っけぃや!」
「お前の尊厳に関わることを考えた。聞かないほうがいい」
「……なんか気に喰わんな。まあええ。話しが進まんから言うたるわ。この場所な。悪霊屋敷にみえるか?艦の中、病室にきまっとる」
「艦の中……またしても。オレは……」
部屋の模様は夢の中――じゃなく前回とは違っていて、いかにも病室ですといった向きのやや窮屈なスペースだった。床と壁は薄いピンク。ベッドはアルミ骨にゴム車輪という移動が容易なのが4つ、ベッドの単位は”床”だったから”4床”だな。各ベッドの間には引き出しつきテーブルだ。そんで京極が座ったのは床固定式の丸椅子。頭側には薄いカーテンがあって、天井には各ベッドを取り囲めて仕切れるようレールがついている。同じなのは窓くらいなもの。漆黒の景色に星星が輝いている。動いていると感じるのは気のせいか。
「ぐぬぅ。乗り込んだ感動。湧き上がってくる衝撃。遠ざかるステーションに母星。郷愁に身を焦がす時間…………またしても、ココロ沸き起こるチャンスを逃した」
「生まれ故郷は遠い彼方や。恒星ちゃうし逆光やから点すら見えへん。残念やな」
京極がいらない説明をわざわざ付け加える。オレの人生、最大にして最悪の不覚に手とヒザをがっくりとつく。その姿勢にデカとチビが拍手する。
「おーおー、ついに見たリアル”orz”や。長生きはするもんや」
「コノヤロ。12歳のガキが長生き言うか」
「21歳だ、ボケ!!」
「マジか。で、また12と21……因縁の数字だな」
「なに、ブツクサゆうとんじゃ。空気くさるから止め」
「オレの愕然アンド落胆ぶりを見て、なんも思わんのか」
「何も思わんな。僕やてメディカル中に出航したからの。似たようなもんや。それよりジブン、看護師に運ばれてきたとこ記録あるで」
記録とな?
「あるのか?映像が」
京極がにんまりうなずいた。
「特別にみせたるわ」
京極は胸ポケットから掌サイズのモノを取り出した。女医が持っていたのと同じような小型デバイスだ。ホームボタンらしきのに触れるとトップ画面が表示された。動画アプリをアクティブ化してる。指先をシュッシュッと3度4度操作すると画面に動画一覧が現れる。ほれっとデバイスを、オレの目の先につきつけてくる。
「これって?」
「SNSにアップされとったミーティングプレイスの動画を集めたものや。参加できへんかったからこれみて雰囲気楽しんどった。キミが気絶して運びだされるとこまで、バッチリ撮れとるで”ダブニー”」
「それお前も言うのか。チビのくせに」
口に手を当て、にっひっひと笑いやがる京極。いつか懲らしめてやる。
「背格好では負けとっても僕はダブりでもニートでもあらへんからの。いいから見いや。『桜岱 幸連をピックアップ編集』」
最後のはデバイスへの命令だ。AIが『桜岱 幸連をピックアップ』という条件で動画集を『編集』して一本の作品に作り上げる。小型デバイスの画像が始まった。めまぐるしく視点の変わる動画。色んなやつが撮影したのを繋げたような動画だ。個人を特定してAIおまかせ編集機能を使うとこうなる。場面の中に本人がいなかたったり検索できなかったりすると、目だった人物を主人公にみたてて構成するようにできている。珍しい機能じゃないが、まれに映画顔負けの臨場感あふれる作品ができあがることもある。
移ってるのはオレがミーティングプレイスに入る前の時間だ。ふったりふられたりの熾烈なナンパ合戦が執り行われてる。男にグループによる女グループのナンパ。振られるたび相手を変えてはお願いしますと握手を求め回る者。数人の男子に肩をまわしてお前らまとめて面倒みてやると胸を張る女子。たしかに、これは楽しめる。目の前ののぼっと男が登場した。女子に囲まれてる。もてるんだな……爆発しろ。
お、京極も女子に囲まれて……こっちは引っ立てられていった――――これからというシチュエーションでデバイスをひったくられた。
「そこは見んでもええ!」
「イイトコだったのに。お前がケルナグールされる場面だろ?」
もぎ取ったデバイス隠すように後ろを向く京極。背中の動きから画面に指タッチしているとわかる。30秒ピッチボタンで進めてるのか。10回ほど肩が微動したところで動きが止まり振り返った。再度目の前に突きだしてきたデバイスには、見覚えある人間が映ってた。三人組み女子のあっちがわに体が半分隠れしている男。
「これ、オレか?」
「ほかに誰がおんねん」
画面が小さいうえに、わざわざ撮影したわけではなく、しかも常に誰かとかぶさったりしてわかりにくい。が、女医と話していたり、サンドイッチを食べられて怒っている様子は見てとれた。
ダブニーの連呼がおこって、巨大化したメガネジジイのハチミツ騒ぎ、四季森 千走とのやり取りが、視点がころころ移り変わる中にもみつけられた。
「そんで、これや」
「おお!――――って。情けねぇなオレ」
天北咲来が蹴り上げたマッチョ教師。落ちた下敷きになってノびてるオレがあった。
「ひゃっはっはっは、ここまで無様に潰されるやつ、そうおらんで。何度見ても笑えるわ」
「……ほっとけ」
気を失ったからといって事態が停まるはずもない。写ってるオレが知らない出来事を”本当にあったんだよー”と証拠品のように見せつけられるって体験は、新鮮と言うよりマカ不思議だ。オレの知らないオレが分岐して別世界に存在してしまった錯覚が…………ん。咲来姉ちゃんがオレに駆け寄っていく。何するんだ。
「せやこの子や。天北咲来言うそうやけど、必死にきみのこと護っとる。知り合いなんか」
ボディスラムをしくじったプロレスラーのごとくオレの腹にうつぶせの体育教師を、邪魔だと蹴り跳ねのける。床にこびりついたオレの体を労わるように抱き寄せると、迫ってくるエロゾンビ化した男どもを逞しくなぎ倒していく。なにをか叫んでる。『ゆっきーに何をしたー』と聞こえるな。あとは喧騒が邪魔して聞き取れない。お前だろーと心の中で突っ込んだ。
「ただの幼馴染……だ」
だけど、なんでそこまでしてくれるんだ姉ちゃん。
オレはあの日から言葉さえ交わしてないのに。
鼓動が速くなり手には汗をかいていた。姉ちゃん。
「ほんまか。けどフェイスマスキングを、美人隠しにつこてるなんて、思いもせんかったわ。なんで隠しとんの?」
「俺も目の前で見た。きれいだった。隠すのもったいない」
チビとデカの言うとおりかも。
一般的に聞いた意見をまとめれば彼女の容姿は女神に匹敵する、らしい。普通の男なら一目みただけで心をもっていかれる、らしい。通りすがりの異性に片っ端から惚れられていく。男ならハーレムウハウハと喜ぶかもしれないが女性にとっては悪夢でしかない。そのような災難がふりかかり始めたのは小学校にはいる幼いころから。”襲う”行動を起こす奴は少数派。だが男が豹変する日常にさらされながら、彼女は成長したのだ。
「見たまんま、そのまんまだ」
現在FMコーポレーションと名を変えた会社の社長がフェイスマスキングを開発したきっかけは彼女ため。わが娘を護るため知恵を絞り、別の顔を覆ってしまう試作機を造りだしたのだった。街の中企業がグローバル企業にまで成長した過程は辺境惑星ドリームとして映画化された。たった10年で世界標準レベルにまで普及したことに一番戸惑ったのは当のおじさんだろう。
「男除けかわかるわ。動くたびしなやかになびく栗色の髪、そんで琥珀色の瞳。理性を失うくらい美女やからな。僕の人生には汚点や。ランキングナンバーワンを見落としとったさかい」
武術を習わせたのもしかり。親の願いが叶ったのか、体の使い方に優れた咲来はめきめきと腕を上げて大会では常に優勝。同世代では敵無しとなった。天北咲来が12歳になったころ道場では、FMを使わない特別練習メニューが追加された。慣れた門下生ですら、美しさを増して行く彼女の素顔の威力には勝てなかった。青少年以上のたいていの大人は目じりを垂らした変態へと変貌してしまう。ヤラシイ目つきの男が襲う。彼女が打ちのめす。犠牲者を量産していく。段階的に人数を増やして繰り返したことで、ほぼ反射的に一発で倒せる技能を身につけてしまった。
師匠がオレの母親だったというのはたまたまだ。お隣さんの家が偶然にも道場を営んでいたからにすぎない。ともかく、武術を身に着けた彼女にとって男とは、腕を上げるための生贄に成り下がってしまった。おじさんは、変な虫がつかなくなったと喜んでたが咲来にとっても幸せになれたのか。将来はこれからだ。
評判の悪くなった我が道場では生徒数が激減。今にいたってる。
4.7インチの小幅な画面内では、咲来が主任と女医たちにとり押さえられ、看護師アンドロイドが二足で駆けてくるところだ。主任が何事かを言われた姉ちゃんはフェイスマスキングをアクティブにして、元の三つ編みに戻った。
「天北咲来を狙ってみるか?」
「俺はいい」
「僕もやめとく手に余るわ」
そうだろうな。そもそも彼女は余りモノとなる道理がない。オレとはちがって
「この中での狙い目はべつにある、4秒後に映る……ほれ、この子や。ランキング5位のベリーショート。可愛いやろ。ノーFMでこれや。茶道家元の生まれだそうやで」
ズルイ顔で笑った。
「おい。お前には彼女がいないのか?」
「もちろんおるで」
”それが何か”と変な顔をする。
「言わんかったっけ。ハーレムを作ってやるって。一人じゃハーレム言わん」
「マジでか」
「マジでや。そんで作戦が肝心なんやが”将を落とさんとすればまず馬を射よ”をテーマにしてみた」
主任が言ってのはこれだな。懲りないやつだ。ロクな作戦じゃなさそうだってことくらいは2回しか会って無いオレにもわかる。好きなようにすればいい。
「勝手にす……」
興味はないのだが。聞いて欲しいといううずうず感、というよりも”聞けこのやろ”っていう、脅迫じみた強烈な視線が痛く刺さる。三人しかいない空間に逃げ場はなく救助の手もこない。のぼーっとしてるデカ男は無表情で何を考えてるかわからない。仕方ないので白旗を揚げることにした。
「何 を す る ん だ - ?」
「なんやその棒読み。せやな。言いたないがそこまで乞うなら教えたるわ」
「……」
「家元のオジョウだけに、一緒に合格した御付の者がおってな、いちいち阻んでくる。ランキング18位よってまずまずふつーやな。そいつを篭絡させてから、本丸突入や」
「戦国武将かっつの。だけどもう、向こうにも相手はいるんだろ? いまさら」
ダダ漏れでムダな努力だ。
「アホかいな。まだ暫定なんやで。凍結睡眠はいるまでは確定ちゃうで。それでな……」
京極が言いかけたとき軽い空気音とともにドアが開いた。女医と大空の二人が勢いよく登場する。助かった。
「桜岱 幸連、健康診断だ」
「桜岱 幸連。起きたのなら、お話があります」
「な、なんですか」
同時に話し出したかと思うと、互いに譲らずそのままにらみ合った。
「白雪はん、主任はん、速かったな。つか健康診断ならこいつが気絶しとる間にやっとけばよかったんちゃう?」
「そうもいかない。本人の了承を得るのが筋だ」
「それを始めるまえに私の用事です」
何を急いでるんだか。どっちでもいい。オレは、目覚めてからずっと気になってることを訪ねた。
「シキモリとさくるは、どうなりました?」
「どちらも元気で心配はいりません。君の容体を気にしてましたよ」
大空愛花が、できる主任っぽい淡いブルーのメガネに触れながら答えてくれた。元気か。ならいい。