11話
ミーティングプレイスの面々のざわめきが大きくなっていく。惑星ファイモットへ旅立ちを目前にした若者らに、旅立たなくていいと言い切った老人。銀河開発法に則ってといったが、動揺がおこらないないはずがない。銀河政府は人数をそぎ落という魂胆があるのか。銀河開発法201条に則った最終確認といってたが、既知の事実を突きつけられたくらいで挫折するような人間は行く資格がないと言いたいのかもしれない。
「わたし、帰る!」
「俺もだ」
当初、動揺は小さいようにみえたが、出口に向かった四人の金持ち男女によって、狼狽が広がった。退路ともいえる出口を気にするヤツが増える。逃げる人間があれば、釣られるヤツが出始めるのは必然。群集心理は恐い。ひきづられれれば、幕さえ上がらずに先遣部隊は瓦解するぞ。
その時、ジジイのカスレ声が会場を揺らした。
「ちゅうもーく!!」
急な大音量に慌てて耳をふさいだがワンテンポ遅かった。鼓膜の奥がジンジンする。ステージの代理人形の眼鏡が、エフェクトでレインボーに輝やいていた。ダイコン級の太い指で眼鏡をくいと持ち上げると、口調をノリの軽い司会に戻した。
「決める前に、これだけは言わせてくださーい。君たちが向かうの惑星ファイモットって知ってますよね。これ、発見者が名付けたのですが、珍妙な名前をつけるものですね――」
もったいつけた間がうまい。何を言い出すのか、次を聞きたくなる間だ。
「――ファイモットの食物連鎖の頂点に立つ生物を知ってますか?」
知るわけが無い。この質問は知的好奇心を刺激してくる。
出口を出そうになっていた男女も足をとめ、次の言葉を待っていた。
「ファイモットを支配してるのは、ファイモビーンです。成体で28センチほどの生物。これは、いわゆるミツバチの種類にあたります」
ミツバチ?
てことは?
「思い存分、捕まえて退治しましょう。はちみつ、食べ放題ですよー」
「ミツバチ」
「ハチミツ?」
「蜂の子も?」
ジジイが答える。
「モチのロンです! 大きいから食べ応えありますよー」
「摂り放題だってさ」
「喰いてぇ」
「私もぉ」
「ぬぉ。燃えてきたぜぇ――」
熊の特性を受け継いだクマDNAはハチミツ好きだ。人工のモノはどこでも買えるが、天然モノがからむと、理性すら無くしてしまう習性がある。オレは、目の色を変えるほど好きではではない。どちらかといえば嫌いだ。だが……
「ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ ハッチ蜜っ」
オレがディスられたときとは、比較にならないほど連呼が始まった。
帰りかけた奴らも諸手を挙げて駈けもどり、騒ぎの渦へと埋没した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大お大尾おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー」
あふれるほどの歓声が、会場の空気という空気を振動させる。
左右の大型モニターはピリピリと振るえ、躯体表面がめくりあがってる。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! 」
何がバンザイなんだか。スタンディングオベーションの嵐とハイタッチの応酬。代理人形ジジイも悪乗り鼓舞して、手を付けられないほど盛り上がりが停まらない。
「さ、策士だな。ジジイ」
帰らせるつもりは、ひとッ欠片もなかったてことだ。
してやったり、当然の結果だとばかりに鼻をならした策士は、無言の笑みを残して壇の中心からさがった。コンパクトな人間サイズまで縮んでステージ横に掃ける。仲居にかわって、別の大人が中央に立った。主任こと大空愛花。こちらのサイズはそのまま変わらず、大きくならないようだ。
ハチミツが摂れると知っただけでこの騒ぎ。まともな先遣隊が務まるのか。本物を目にしたとき、こいつらはどんなことになるんだか。ちょっと心配になってきた。
ステージ上の大空愛花は、ハチミツ祭りが下火になるのを辛抱強く待つつもりがあったようだが、一向に収まる気配が無い。
「ゴホン。みなさんよろしいでしょうか」
主任の咳払いで、コールが収束した。測ったわけではないが、カップヌードル慣れした体感時間から推定すると、コールとハイタッチを繰り返された時間は4分と20秒ほどだ。
「では。乗艦前にカップリングを暫定確定することにします。婚活はすでに始まっており、相手をみつけた方が大半でしょう」
カップリング……か。相手を決める時間がやってきた。”後尾”の。見回すまでもなくオレが会場に来たときはセレクションの最中で、いまはもうあらかた、成立してしまってる。一対一だけでなく、一対多数、多数対多数というような、グループ交際のような変則的なのもあるが、暫定だからいいのだろう。嬉し恥ずかし、ワキャワキャ楽しそうだ。悔しくないぞ。全員死ね。
「はあー」
ナンパ大会に参加しろ。主任はさっきそう言ったが、断言しよう。長いぽっち歴と彼女いた歴ゼロのオレには無理な相談だと。それにもはや形成は確定しつつある。出来上がりかけた恋愛カップルの間に押し入ってかき乱し、女の子にアプローチするような蛮勇は、ひとカケラも持ちあわせてない。ため息しかでない。
壇上で、大空が断をくだした。
「……ですが、まだ何組か、決まってない人がいますね。そろそろ、艦のほうへ移る時間です。早急に居室を確定したいので、10秒以内に相手を決めてください。それでもだめなら余り物同士を私が指名してくっつけます。苦情は受け付けませんのでそのつもりで、では、10、9、8……」
そうか。それなら。オレがあぶれる心配はなさそうだ。
10秒待つことにする。
「……7、6、5」
『ゼロ』を待つだけのカウントダウンは長かった。身体強化したヤツが300メートルを走り抜ける、圧縮動画のGIF広告くらいの秒数だ。もの悲しい妄想を描くにも十分だ。
オレだけを避けるように、余った連中のカップリングが成立していく。
「どうする?」
「あたし、あんたでいいわ。ズルニートとくっつけらたりしたら嫌だもの」
「あなたたちのグループに入れて」
「いいわよ」
出汁にされてるのだろうか。
オレはおそらく、どっかのグループに強制加入。あぶれる心配はしてないが、かなりみっともないことになる。立場を入れ替えればわかることだ。オレが彼らだったとして、苦労なしに加入した男を喜んで受け入れられるか。
これが補欠当選ならば競った敵は運が悪かった落選者にすぎない。対等とはいかないしてもライバルとして認めないこともない。何度も繰り返すが、オレは偶然でここにいる。正当なレースに参加しなかったにもかかわらず、行方を眩ました夕一の自滅によって得られた席だ。憎たらしいという感情を抱かれるのは仕方ない。
オレを待ってるのは、お情け参加を許されたぽっち旅行。これまでの地上生活とそれほど変化のない時間が続くだけとも思えるが、これはジャングルと都会ほどの格差がある。他人の存在しない孤独には自由があるが、付近に人がいるぽっちは都会の独居生活と似ている。よりねちっこくディープな単独行動は、オレの精神をたくましく育むことであろう。
「……2、1、0。はいおしまい。えーとここから見るかぎりだと余ったのは一人づつになるわね。予想が的中しすぎて、つまらないけど……」
大空が、仲居ジジイの顔をうかがう。ジジイが肩をすくめてうなずく。あんな小さなしぐさもできるのか。代理人形ってのは、つくづく器用なロボットだな。ジジイのうなずきは続行のサインだ。ほんのちょっと現実に背を向けてみたオレを、主任の目が捉えた。
はいはい、余りモノはどうすればいいんですか。
「四季森 千走は、どうする?」
拡声器の主任の声だ。
シキモリ。思いもかけず、話しかけられたのは別のヤツだった。
四季森って言ったか。社会に興味の無いオレでも知ってるぞ。地場産業を山ほど抱える、超のつく有名な地主の苗字じゃないか。
ギュ。
腕をにぎってくる感触。
女医か主任かっ、てアホか。主任は壇上で司会してるし、女医はそのすぐ後ろに控える。じゃ誰だ。横を見るが、誰もいないし何もない。おかしいなと視線を落とすと、さっきの子供がいた。小学生低学年の小さな両手が、オレの左腕をギュっとしてた。
「彼で、いいのね?」
大空が栗かえし、低学年がこくりとうなずいた。
「四季森……千走?何年生?」
疑問符丁で名前を繰り返すと、うなずきながら否定してきた。
「これでも、あなたより年上」
「そうなのか?」
四季森家の娘が、なんでまた、こんなところに。仕事なんかしなくたって事業をごっそり抱える名門だ。いくらでも将来が約束されてるだろうが。
「ちーちゃん、こっちに戻っておいで!!」
「バッチィが感染る、そいつから離れて!」
病原菌かオレは。
「なんで、そんなダブニーなんか。私たちのグループに来るんじゃなかったのちーちゃん? ほら、あんたも誘いなよ」
ひじを突つかれた男が、言い訳のように、もごもごとする。
「あんなちっこいのは、好みじゃないし」
「なにを……。ちーちゃんがダブニー男の毒牙にかかってもいいの?助けてあげるのが男ってものじゃないの?」
「そんなこと、言われたって」
横にいたソバージュヘア男が、男側の味方についた。
「んなこと言うなら、お前こそよそいけよ。人の好みケチつけんな」
すると今度はバンダナポニーテールの女が、女の味方となった。
「智栄美に向かってなにさまよ。さっきまであんなに親切してたのに」
男女3人づつのグループはこれをきっかけに、同性をかばってモメ始める。オレのせいじゃないことは、この場の全員が証言してくれるだろう。