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自選ショートショート集

高さ制限一〇〇メートル

作者: 相模

 溜まっていた書類を片付け終わった。

 長い残業のせいで早く帰りたかった俺は、寄り道せずにまっすぐ駅へと向かったはずだ。しかし、いざ気がついてみれば見知らぬ場所へと迷い込んでいた。

 蓄積された疲労のせいで知らず知らずのうちに道を違えたのかもしれない――この時はその程度の認識しか抱かなかった。

 あるいは、俺は実際には電車に揺られていて、不思議な夢でも見ているのだろうか。それにしてはずいぶんと意識が明瞭だ。

 これが噂に聞く明晰夢かもしれない、とも考えたが今ままでそんなもの経験したこと無ければ、今突然見れるようになったのだとも思えなかった。明晰夢を見るのは難しいらしい。


 とにもかくにもこのままでは帰れないので、ポケットからスマートフォンを取り出そうとした。地図を開けば駅への道が分かる。

 しかし、今日に限って充電を使い切っていたことを思い出してすぐにやめた。仕事にはスマートフォンが入り用だったので仕方がないとは思いつつも、やはり残業はしたくないものだと自嘲したりもする。

 結局のところ残業が溜まるのは自分の実力不足に他ならず、身から出た錆に過ぎないのだ。


 もう仕事のことはよそう――思い直して改て駅への道を探る。

 状況を整理するために辺りを観察すると、いよいよこれは現実なのかはたまた夢なのか分からなくなった。

 周辺の建造物は軒並み頂が見えない程に天高くそびえ、そこらに生えてる草木は今まで目にしたことない――というよりも、俺の知る限りではありえない程に巨大なのだ。


 中でも特に目を引く文言を発見した。

 建造物の一角に、おそらく駐車場とおぼしき入り口がある。その横には二つの立て札があり、それぞれ『注意』、『高さ制限一〇〇メートル』と記載されている。

 立て札は両方赤とも黒とも言えない様な色の地の上に、文字だけがくっきり書き足されていた様だった。立て札の劣化で字が読めなくなったために新しく塗装し直したのだろう。


 それよりも気になるのは『高さ制限一〇〇メートル』という文だ。通常であればトラックなどが天井ぶつからない様に注意喚起をするフレーズだ。

 けれども、あえて一〇〇メートル制限を教えなければならないトラックが果たしてあるのだろうか。あるとしてもこんな地面に近い場所に立て札を立てたところで見えるのかするらも分からない。


 だが、次の瞬間、俺は全ての意味を理解する。俺は、巨人を目の当たりにした。

 それは人型であり、自分と同じように衣服もまとっている。しかし、サイズばかりは自分の一回りも二回りも巨大だ。


 そうか、ここは巨人の国なんだ。


 感心するとともに、次に考えたのは逃げることだった。

 巨人は歩いている。その進行線上に俺もいる。このままでは踏み潰されてしまう。

 けどどうやって。俺が走って逃げられる範囲より、巨人の足幅が覆っている範囲の方が広い。逃げ切るのは不可能だった。


 今にして思えばヒントはたくさんあった。

 立て札の文言を始め、地色の赤黒さも、立っている位置も、全てこのためだったのか。

 でももう間に合わない。潰される。それでも一縷の望みに託して走り続ける。


 逃げなくては――――――

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