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しあわせバトン

St. Valentine's day

作者: 三稜 諒

 有名店のチョコレート売り場の人だかりに入っていける勇気が欲しい。

 ちょっと興味はあるけど、今年もやっぱり迂回するルートを選んでしまった。チョコが苦手な彼氏を持つ身ではあまり気合も入らない。

 どうせ今年もメインはネクタイだし。うーん、でもチョコレートは自分のために欲しい気もする。

 あ、ここ新しいお店できたんだ。ちょうどいいや、今年はここにしよう。

 カランとドアベルを鳴らして暖かい店内へ入る。あー生き返る。

 あれ?ここお店で食べられるんだ。チョコもいいのかな?

「すみません、チョコレートをテーブルでいただくことってできますか?」

「ありがとうございます、できますよ。お好きなチョコレートをお選びください」

 思ったより種類が少ないな。あぁでもこれとか美味しそう。うん、決めた。

「チョコレートオランジェとミルクプラリネを一つずつ。あとコーヒーをホットで」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 オランジェは冒険だったかしら。まぁいいか。

 テーブルに二粒のチョコレートとコーヒーが置かれていい香りがただよってきた。

 カリっと軽い音をさせてプラリネが口の中で甘く広がった。

 あーこれは美味しいわ。うん、やっぱりここのにしよう。

 至福のひとときを味わいながら付き合って初めてのイベントであった去年のバレンタインを思い返してみる。

 あの時は直孝がチョコレート苦手だなんて知らなかったのよねぇ。



「はい、直孝くん。……今日、バレンタインだから」

「え、ありがとう!や、めっちゃ嬉しいわ。開けてえぇ?」

 聞くと同時に袋をガサガサと探ってあたしが「いいよ」と返事をしたときにはすでに取り出していた。

 まぁ、いいんだけどね。

「なんだろ。わ、バッグじゃん!マジで、これ嬉しすぎる。おれのバッグの持ち手やばくなってたの知ってたん?」

 うん、知ってたよ。だからうんと探して直孝の好みっぽいの探したんだもん。

「いやー、ほんまありがとな!あとチョコもありがとな!」

 満面の笑みでそういって受け取ってくれたから、気づかなかったのだ。──まさか直孝がチョコレート苦手だなんて。

 一週間後に彼の家でラッピングが解かれずに置いてあるチョコレートを見つけたときに「食べないの?」と聞いたら「もったいなくて食えんわ」と笑うからごまかされていたのだ。

 ではなんでばれたかというと、春に映画館からの帰りに寄った喫茶店であたしの食べていたチョコレートパフェを見てうっかり「よくそんな甘いの食えるなぁ、おれチョコだけはダメだわ」と、こぼしたことにより判明。

 早く言えばいいのに、もったいなくてだなんて。そのごまかし方が嬉しいのと呆れるのとごちゃまぜな気分で思い出しても顔がにやけてしまう。

 もちろん、彼の家にあったチョコレートはあたしのお腹におさまった。多分今年もそうなると思う。

 だからあたしのすきなお店のチョコレートを選ぶのだ。


 おっと、直孝くんからメールだ。んん?今日、これから?うーん、まぁいいか。『いいよ、待ってるね』っと。

 返信をして急ぎ気味にお店を後にした。……もちろん、バレンタイン用のチョコレートは購入して。


 お、うちの前に居るのはもしかしなくても直孝くんでないかい?

 ありゃ。メール結構前にくれてたのかも。

「直孝!」

 声をかけると携帯をいじっていた直孝が顔をあげる。

「おつかれ。ちょっと、近くまで来たんでさ」

「遅くなってごめんね。待った?」

「いや、そんなには……五分くらい?」

 あらら。ごめんね、寒いのに。

「ごめんね、あがってあがって」

 家にあがってすぐにエアコンを入れ、ヤカンでお湯を沸かす。うーん、やっぱり電気ポット買おうかな。

 後ろから突然抱きすくめられたからくすぐったくて笑ってしまう。

「ちょっと、火元では危ないよ」

「だって、さみぃ……」

「あたしだって寒いよ!もー、こたつ入っててよ」

 と、直孝を追い払ってお茶を入れる。コーヒーよりは紅茶派なんだよね、直孝。あたしはコーヒー派なんだけど。まぁでもさっき飲んだしね。


 紅茶を入れたカップを持ってリビングに行くと、直孝がこたつで丸まっていた。くは、猫みたい。

「今日仕事で大阪行ってたんだ」

「へ、出張?」

「そうそう。そんでな、帰る直前に入った店で似合いそうなの見っけたからこれ、やるわ」

 そういって差し出されたのはアクセサリーと思わしき小箱。

「ありがとう。お土産なんてわざわざいいのに」

「えーの!それに世間一般でお土産とは言わんわ。お前、忘れとるな?」

「えぇ?何を?」

 今日なんか特別な日だっけ?二月……十日。──あ。

 美咲椿二十八歳の誕生日でした。あー、キレイに忘れてた。

「あ、ありがとう。忘れてた……」

「どーりで。おかしいと思ったわ、なーんも催促してこんし」

 開けてみるとアメジストのネックレスだった。

「可愛い……。ありがとう!大事に使わせてもらうね」

 忘れていた誕生日を祝ってもらうとか。

 感動して思わず涙ぐむと、テーブルにビニール袋が置かれた。

「で、こっちは正真正銘の土産」

 んん?なんだなんだ?感激の余韻に浸らせないの?



「食おーぜ、たこむす」



 ──うん。

 うん、そうね。紅茶とは合わないからほうじ茶入れてくるわ。なんなのもう、笑かしてくれるわ。

 こんなの最高の彼氏じゃない!


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