お別れなんだよ……!
クレープの売っている店を出て、あっちこっち行った2人は、その日を心行くまで堪能した。その後、店を出て、自宅に帰る最中に未が少し寂しそうな声で語りかけてきた。
『……ねぇ……? 未来ちゃん……?』
「んっ? なぁに、未来ちゃん?」
何卒は微笑みながら、返事をした。
『あの……ね……。ぼく……もうすぐ、帰らないといけないんだよ……』
「ん……。何となく、わかってたかも……。その声でわかるもの……」
今は薄暗い夕方と夜の境目。顔は見えなくとも、気持ちはちゃんと伝わっているのだと。
『おか……。けほっ……。未来ちゃん……? どうして、ぼく達の名前が一緒なのか……。疑問に思わなかった……?』
「疑問? 疑問かぁ~。思う事と言えば、そのもこもこでモコモコな服はなんだろうって事くらいかな~?」
『………。確かにそこも疑問に感じるかも知れないけどぉ……。なんだか複雑な気分だよ……』
「じゃぁ、質問を変えようか。どうして、この時代のわたしに会いに来たの?」
何卒が変更した質問に未はドキッとした。未は目がキョロキョロして、物凄く焦っている様子で誤魔化すにも誤魔化す余裕はなかった。
「ふふっ……。相当の訳ありみたいだね? そこまで焦るとは思わなかったなぁ」
少しからかう様に何卒は言った。それに未は、ぷくっと頬を膨らませて睨みつけた。その顔は実に可愛らしい顔をしていたという。
「そんなに怒らないで~? ほらっ! ぎゅ~っ!」
何卒は未を抱き締めた。
『んひゃっ!? み、未来ちゃん!? 何するんだよぉ!?』
「ん~っ? 抱き着いてるだけよ? 何か問題がある?」
『あ、ありすぎだよぉ……!? な、なんで、こんな事してるんだよ……!?』
「なんでって……? お別れの前のハグに決まってんじゃん……」
『ぇっ……? ふぇっ……? み、未来ちゃ……』
「なんだろ……。未来ちゃん抱いてるとさ……。すごく寂しい気持ちが伝わってくる……」
『………』
未は黙り込む。そして、何卒に何も言わず、抱き着いた。
「んっ……温かいな……。未来ちゃんの身体……」
『未来ちゃんも……あったかいんだよ……』
「今は何も聞かないけどさ……。またいつか逢える日に聞かせてね……?」
『……ぅん……。いつか逢える日にだよ……』
「よしよし……」
何卒は未の頭を撫でた。
『……ぉかぁさん……』
「ふふっ……。ところで未来ちゃん……。1つだけ聞いていいかな……?」
『んっ……? 何?』
「今年が西暦何年か知ってる……?」
『ふぇっ……? 2015年……だよね?』
「あっははぁ……。やっぱりかぁ……」
『ぇっ……? えっ……? 何が何だかだよ……?』
何卒は躊躇いながらも、未を見て、重い口を開いた。
「あのね……? ここ、2014年なんよね~……あはは……」
『あれ……? ぼくの聞き間違いなのかな……? もう1度言ってほしいんだよ……?』
「だからね……今年は2014年なんだよ! 未来ちゃん1年早い過去に来ちゃったって事だよ!」
未は物凄い衝撃を受けた。まさか、まだ未婚の母親に逢ってしまうとは思いもしていなかったのだから。
『えっ……? じゃぁ……なんで……? ぼくと出逢ってから……言わなかったんだよ……?』
「んっ? ちょっと、面白そうだったからかな~?」
何卒はクスリッと笑った。
『な……なんてこった……。じゃぁ……今は午年……。ぼくをからかったんだな!』
「からかった……のは間違ってないかな? 見てて、本気そうだったし、すぐに追い返すのも寂しいし……。2人で遊ぶの楽しかったでしょ……?」
『っ……』
未は俯いて、少し黙り込んだ。
『初めから……気づいてたのに……。ぼくの相手をしてくれたの……?』
「当たり前でしょ? わたしは未来ちゃんの未来のお母さんなんだから!」
『未来ちゃん……お母さん……ぅうっ…………』
未の目に涙が浮かんできた。
「いっぱい泣いていいんだよ? いっぱい泣いて、いっぱい笑って、いっぱい怒っても……わたしが全部受け止めてあげるからさ……」
『うむぅう……』
未は泣く所を見られたくなかったのか、何卒の胸に顔を埋めた。
「あらら、可愛いわね。 よしよし……」
何卒は再び、未の頭を優しく撫でた。今度は優しい母親の様に……
それから、数分ほどして、未は泣き止み、落ち着きを取り戻した。
『ふぅ……取り乱しちゃったんだよ……。ごめんなさい……』
「よくあることだって。気にしない、気にしない!」
『ぅん……。とても楽しかったんだよ……! こんなに幸せな時間は…………』
「これからもずっと居てほしいくらいなんだけどなぁ……。でも、そういう訳にもいかないよね……?」
『そう……だよ……。もうじき、帰る時間が来ちゃうんだよ……。こうやって、いつまでも……傍に居たいんだよ……。でも……もう終わりなんだよ……』
何卒は何か引っかかった。未が何かを隠している気がすると…………
「ねぇ……未来ちゃん……」
『んっ……? 何……? お母さん……』
「あはは……この歳で『お母さん』って呼ばれるのって、少し変な気分だけど……悪い気持ちじゃないかな……? あっ、それでね……? わたしはいつ、未来ちゃんのお母さんになるの?」
『ぇっ……? えっと……今年が……2014年なら……。来年かな……?』
「えっ………? 来年……? じゃぁ……今年中に彼氏ができちゃうって事……?」
『い、言っちゃったけど……そうなるんだよ……』
「わたしの高校卒業には……未来ちゃんが生まれる……。とんでもない事を聞いちゃったわ……!」
『あうぅ……もうこれ以上は言わないんだよ……! 明日には彼氏ができるなんて言わないんだよ!』
何卒は目を丸くした。
「あ、あ、明日ぁあああ!!?」
『ま、また言っちゃったんだよ……。このおバカな口ぃ……』
「あはは……! ありがとう! わたし、今すっごく幸せな気分!」
『喜んでもらえて、安心したんだよ……。おか……ぅうん……! 未来ちゃんなら、きっと何でも乗り越えられるんだよ!』
「ありがとねっ! わたし、未来ちゃんに投資して正解だったなぁ~。逢った時から幸せいっぱいだわ」
『うんっ! ぼくも楽しかったし、お互いが幸せだよ! これから先もだよ……?』
「わかってるって~! できるだけ、喧嘩の少ない様に心掛けるから心配しないで!」
『……ぅん! 未来で応援してるね!』
何卒はずっと気にかかっていた。
なぜ、未は返事に間があるのかと……
未は未来を知っているから……
今でも無理をして、話さない様にしている……
一言で未来は大きく変化してしまうのを恐れているから……
だから、何卒は深く触れない程度に聞いてみる様にした。
「未来ちゃん、何か嫌な事があった……? 何かあったら、わたしが話を聞くよ……?」
『えっ……? ぼ、ぼく、そんな風に見える……?』
「見せなくても、感じるの。わたしの娘なんだから、悲しい気持ちが伝わるだぞ?」
『………』
何も言わない未。いや、未は言いたいけども言えないのだ。
『未来ちゃん……。ぼくね……? 今もこれからも……幸せだよ……?』
「うん、それはよく伝わってるよ……。でも、本当に全部、幸せなの……? わたしには、これからの事が不安に感じてる様に思うな……」
未は再び、黙り込む。どうしようもない気持ちを抑えているのが見ているだけでわかった。
「ごめん……。言っちゃいけない事を無理やりに言わせる訳にはいかないね……。さっきの事は忘れて……」
『未来ちゃんっ!! ごめんなさい……。口が軽いから……好きな人には話したくなっちゃうんだよ……』
「んっ……本当に話すの……?」
『ぅん……未来ちゃんになら……あのね……あの……んむっ……!?』
何卒は未の唇を人差し指で押さえた。
「もういいよ……。将来は楽しみにしておかないとつまらないでしょ? だから……言わなくてもいいよ……?」
何卒は人差し指を退けた。
『おか……お母さん……!』
未は強く抱き着いた。ここから、離れたくないと言わんばかりに……
「大丈夫……わたしはここにいるからね……? またいつでも逢いに来ていいからね……わたしの未来ちゃん」
『うん……うん……お母さん……。また来るんだよ……。絶対……来るんだよ……』
「いい子ね……。あなたはわたしの大切な幸運の未ちゃん……」
『ぼくも……ずっと大切な……大切な……お母さんだよ……!』
「よしよし……さぁ、行きな? ここで止まってたら……未来に貢献できなくなるぞ?」
何卒は未の手を握りながら、顔を見て、そう言った。
『はい……。ぼくは未来に戻っても……、一生懸命頑張って、名誉ある未になります!』
「うんっ! それでこそ、わたしの娘よ! 応援してるからね!」
『ありがとう……。お母さん……。ぅうん……! 未来ちゃん! またね!』
未が最後の挨拶を終わらせると服のモコモコが未の全身を包んでいった。
少しずつ、全身を包んでいき、未の姿が見えなくなり……
1分後には片手だけが何卒の手を握っていた。
『未来ちゃん……! 少しのお別れだけど……またすぐに逢えるんだよ……!』
「逢えるのを楽しみにしてるね? さよならは言わない……。その内、逢えるから……!」
『ありがとうだよ……。ほんとに待ってるね!』
「約束するわ!」
『ぅん……! 約束だよ……!』
何卒が手を離した瞬間、未はモコモコのタイムマシーンで空へと飛んでいった。それをいつまでも見送る何卒は思い出したかの様にプリクラを見直した。
しかし、そこには撮影時には写っていた何卒が写っていなかった……
そして、翌日に未の言った通り、彼氏が出来た。
そのまま、2人は仲良く付き合い、翌年の卒業後に結婚をする事となった。出来ちゃった婚である。
この時に生まれた女の子……
この子が何卒が出逢った『未来』である。
母親になると同時に何卒は悟った。将来、わたしは生きていないのだと……。プリクラに写らない何卒は近い内に自分が死ぬんだと。
母の顔を知らない娘を想像するのは、とても辛い。何卒は旦那である未へ頼んだ。
「もし、わたしが死んで……、この子がわたしの顔を見たいと言う日が来たら……、いつか出来るかも知れないタイムマシーンでわたしの所へ逢いに来なさいって……この子に伝えてあげてね……」
旦那は急な事に驚いたが、全ての理由を聞き、半信半疑であるが納得をした。彼女の想いをこの子に伝える為にも旦那は協力してくれた。
そして、2015年から12年後……
沢山の度力を重ね、未年の栄光を手に入れた『未来』
『未来』の名付け親の何卒へ逢いに『未 未来』はタイムマシーン 【TSMMHM-2】を通り、母親の元へ向かう。
『お母さん……。今から、逢いに行くんだよ……! お父さん……行ってくるね?』