新川美奈という女優
私の言葉に、マネージャーである関さんはとても困惑したようだった。
しかし、彼は人気女優の担当マネージャーとして、所属事務所の未来の為にも、この願いを聞き入れてくれた。
「美奈さん、今までの出演作、経験談。何か少しでも思い出せませんか?」
そう言って、新川美奈の出演作一覧や、販売されているDVDなどをごっそりと持ち込み、一つ一つ私に確認するという作業から、私の女優への道は始まった。
「うーんと、{恋する学園}!!これ見てた。青山修がかっこよかったんだよねー。」
「見てたって・・。出てたの間違いですよね・・?」
「・・・あ、うん。ごめんごめん。間違えた。」
ふぅ、とため息をついて、彼は新川美奈という女優の大まかな経歴を話し始めた。
「新川美奈。今年で24になるね。アクトスペース所属の看板女優。きっかけは社長のスカウトで、勿論整形なんてしてませんよ?・・歯の矯正はしてましたけどね。」
「貴女はもともと華のある顔立ちだったけど、モデルから女優に転向したのは、才能があったから。それも天性のね。演技に関しては、本当に素晴らしい能力を持ってる女優だと僕は思う。同世代の中でも、君に憧れている女優も多かったんだ。」
「モデル上がりの女優だって、最初はバカにされていたけど、演技を見ると周りの評価も変わっていった。綺麗な顔をしているのに、どんな役柄にも適応できた。実力と美しさを兼ね備えた、トップ女優の誕生だ。」
「デビュー作はオーディションで決まったヒロインの友人役。次の作品もオーディションで勝ち取った、学園ドラマの今度はヒロイン。覚えてるって言ってた{恋する学園}のことだよ。青山君とはこれが初共演だった。話題の新人女優と、人気のイケメン俳優が出てるラブコメだったから、すごく人気の作品になったんだ。」
「ほおお。なんかスゴイね、新川美奈って・・・」
感心しながら呟いた私に関さんは続ける。
「そう、貴女はスゴイ人ですよ。でも、知名度が上がって、人気も出て、化粧品のCMやら保険のイメージキャラクター、どんどん仕事が増えていく内に、こなしていくだけで精一杯の毎日になってしまった。」
「演じることが大好きな新川美奈にとって、メディア露出が増えることで、作品へのクオリティが下がることはとても苦痛な事だったみたいだね。余裕もなくなって、周囲の彼女に対するイメージがあまり良くないこともこれに関係してると思う。」
「貴女は元から気が強くて、周囲が扱いに困るような女優だった訳じゃない。色んなタイミングが重なって生まれた印象が、どんどん広がって、ネットなんかにも出てしまったんだ。社長が見かねて、仕事を演技中心に絞るようになったから、最近はかなり落ち着いた雰囲気だったけどね。」
だから新川美奈の評判があんまり良くなかったのか。
芸能人だから皆ワガママに思えるけど、案外そうなる理由は人間らしいというか、なんというか。
「才能があったってことは・・レッスンとかもそんなにしてないの?」
問題はここだ。彼女が元から天性の才能で演技が出来たのなら、私が追い付くのはもはや不可能である。
「うーん、確かにスゴイ才能を持っていたけど、誰より努力していたのも事実だから。センスだけじゃ、女優はやれないし・・」
「じゃあ、もう一度レッスン頑張れば、私にも前みたいな演技できますかね??」
「時間はかかるけど、とにかく今は青山君との映画の為に全力を注ぎましょう。スケジュール的に、撮影が始まるのも三週間後くらいになるだろうし。」
三週間後の私は、新川美奈としてカメラの前に立っていなければならないらしい。
これは緊急事態である。
そんなに話が進んでいたなんて・・・!!
とにかく、とにかく、タイムリミットは三週間後。
それまでに私はどこまで女優としてのスキルを上げられるのだろうか。
青山修(本物)に怪しまれない演技ができるのか。
私の戦いは、まだ始まったばかりである・・・・・。