悪魔か天使
突然現れたイケメン俳優は、悪魔でした。
「いやいやいや、だから天使だってば」
「全く信用できません。悪魔ですよね?え、悪魔ですよね?」
彼は本来の青山修ではなく、一時的に身体を借りて私に話をしに来たらしい。
よく見ると動作がぎこちないし、バックなども持っていない。本当に身体だけを借りてきたようだ。
「どっちでもいいや、もう。大差ないし。」
諦めたように呟いた彼は、そのまま私に向かって話し始めた。
この世界には誰かの身体を借りて私に会いに来ること。入れ替わりの事実は他の誰にも言わないこと。入れ替わった相手の人生を、必ず変わらずに過ごしていく決まりがあること。
「まぁ、それ以外は普通に生きてくれて大丈夫。良かったね。」
「いや何にもよくねえよっ!!」
思わずのツッコミである。
「大根女優って言われそうで心配?でも女優は続けてもらうよ。」
「それがルールだし。彼女の人生を壊す権利は君には無いんだから。」
真っ直ぐに目を見て言われた一言に、ハッとなった。
本当は、わかっていた。
新川美奈の身体として目覚めてから、何度も感じたこの感覚。
台本を見つめるたび、とてつもなくもどかしくなる。
彼女はきっと、演じることが何よりも好きだった。
私は彼女の身体を持ちながら、彼女が得てきた経験や感覚、知識やスキルを持ち合わせていない。
だからこそ、演技をしようとも思わなかった。
だって・・・・
遠くで私の演じる姿を彼女が見たら、一体どんな思いをするだろう。
恥ずかしくて、悔しくて、どうしようもなく苦しい気持ちになるかもしれない。
それなら、そんな世界とは違う場所で、ひっそりと生きていくことの方が
彼女の為になると思ったのだ。
「彼女の人生を壊さない為にも、女優なんてやめた方が良いんです。」
彼の視線に耐えられず、うつむいたまま答える。
それでも視線を感じる。
ようやく顔を上げると、やけに冷たい目をした青山修(仮)の姿があった。
「アンタってさ、何で勝手に決めつけんの?」
「・・・・・え?」
「青山修を恋人だと勘違いしたり、俺のこと悪魔って言ったり、」
「・・自分がド素人の演技しかできないって諦めたり。」
「何にも努力しないで、新川美奈の身体に頼るだけなら、そうだろうね。
でもアンタにはまだ時間がある。
頼るべき相手を見つけて、一から経験していけばいいんじゃないの?」
「って、俺優しいな。ホント親切な天使だわ・・」
少し照れたように、ベッドから降りて窓へ向かう自称天使の青山修(仮)。
彼の言葉は正論、それでいてとても難しい。
頼るべき相手。
一から経験していく努力。
一般人の私に、彼女が歩んできた道をもう一度歩むことなんて出来るのだろうか。
なんとか出来たとして、それを彼女は許してくれるだろうか。
外を眺め、おもむろに窓を開けてから、窓枠に足を掛けながら、彼は言った。
「とにかく生きろ。女優としてのお前を、彼女も望んでる。」
空は夕暮れになっていて、彼の身体をオレンジ色の光が包んでいた。
止めようとした私を置いたまま、身体を窓から外へ出してしまったアイツは、
青山修の姿から、本来の姿へと戻っていた。
白く大きな翼と共に、オレンジの空へと消えていく彼は、間違いようもなく、
天使だったのである。




